アスペ子と社会生活〜働くこと・その1〜

依存とともに無事に社会人になったアスペ子。特に不安も緊張もなかったように思います。

住む場所は会社がここに住みなさいと2階建てのアパートをあてがってくれたし、着るものは制服。部署も決まっていたし、アスペ子がしなければならないことは何もありませんでした。

 

アスペ子の日常生活のパターン

アパートは(アスペ子は車は持っていなかったのですが)家賃は月に34000円(駐車場代込み)で格安。2階部分の角部屋で2DK。バストイレ洗面所が別。日当たり良好。何て素敵なのでしょう!

と思いきや、アパートは本当にオンボロでした。階段も錆びだらけで抜けそうだし、部屋にはカメムシとか変な虫がいるし、畳替えもしていないし、本当にここで暮らせるのか?という感じでした。

でもアスペ子はそういうところは気にならないようで、住めば都、両親もいないし快適そのものでした。

通勤は往復徒歩。片道25分前後。当時は隔週の土日休みでした。

アスペ子は、雨の日も風の日も雪の日も毎日毎日歩いて通勤していました。

食事はダイエットもしていたので食べたり食べなかったり。夕食は実家から送られてきた野菜や米を使ったりして「依存」の所にも書きましたが、Bさんが毎日夜やってきていたので自炊でした。(夕食代なんてもらったことはないですが)

Bさんの来ない土日祝日はコンビニのお弁当、パスタ、パン、お菓子、カップ麺など4〜5人分はあるのではないかというくらい買い込んで、食べまくっては吐いていました。

脳が満たされてお腹がいっぱいになるけど太らない、一石二鳥だくらいにしか思っていませんでした。

 

アスペ子の職場生活のパターン

肝心の職場での生活ですが、最初の頃は新入社員ということで皆、優しく接してくれていました。

配属先は企画部。上司は3名。同僚0名。何をする部署かというと・・・窓際族の部屋みたいな所でした。

毎日決まった仕事は8時30分、10時、12時、15時に上司にお茶を入れることだけで、たまに他の部署で急な仕事が入り手が足りない時に手伝うとか、月に1回やれば良い仕事が2〜3あるくらいで、あとは座っているだけの給料泥棒みたいな仕事内容でした。

アスペ子は上司が外出すると一人きりになるので、ボケ〜っとしたり、友達に手紙を書いたり、当時職場で流行っていたカタログ販売の雑誌を見たり、仕事らしい仕事はほとんどしません(ありません)でした。

多分、面接をした重役が採用予定がなかった所にゴリ押しでアスペ子を採用させたのではないかと思います。だから女性が働く総務、経理、営業、その他の部署に配属されなかったのでしょう。

でも、人と接することが苦手なアスペ子にとってはとても快適な環境でした。他の人の目もなく、仕事をしているふりをしていれば良いのですから、緊張したりストレスが溜まったりすることがありませんでした。

大卒で、初給料が手取り9万円、それ以降は手取り12〜13万円というのは貰い過ぎの感があったので、不満はありませんでした。

使わないお金(家賃諸々以外のお金)は毎月積み立てをすることにしました。積み立てのお金が増えていくのが楽しくて、毎日のように何ヶ月後にはいくら、100万円になるのはいつ頃と皮算用して楽しんでいました。

アスペ子には働く=お金を稼ぐ=生きていくという仕組みが分かっていません。これは小学生の頃からの習性?性格?障害?だと思います。

例えば、絵の具を買うからお金を頂戴というとお金をくれた母親、高級な茶碗が欲しいと父親がいうとお金を出した母親、そういう環境で育ってきたアスペ子だったので、会社に行けばお金がもらえるくらいにしか思っていなかったのです。

会社に行けばお金がもらえるのだから頑張って行って、貯められるだけとことん貯め、ひもじい生活になっても貯めようと必死になっていました。

でもその先の「貯めたお金は何に使うのか」ということまでは考えられないという障害が出ていたアスペ子でした。

 

会社でのアスペ子を見る目が変わってくる・・・

入社後数年が経つと、段々とアスペ子は変な奴だと思う人が出てきました。

特に接することの多い女性社員がアスペ子に対して他人行儀になるようになりました。飲み会やカラオケに誘われなかったりは日常茶飯時でした。皆、アスペ子にわからないように行動しているようでしたが、なんとなく雰囲気でわかってしまうものです。

アスペ子は今までと同じように一歩足を踏み出すことができなかったのです。こちらがバリアを貼れば、相手も踏み込むどころか近寄らなくなります。

だから女性社員の人と話をしたりする時は手短に済ませ、すぐに自分の部署に戻りました。そこが一番安心、安全な場所だからです。

そして、退社時間の17時になったら、会社は会社、会社を一歩出たらプライベート!と心の中で毎日言って帰宅していました。

 

アスペ子の逃げ場所

よく、アスペルガー症候群の人は会社でうまく働けないと言われますが、アスペ子の場合は「逃げる場所」があったり、Bさんという依存できる人が会社にいたりしたので、約9年間も同じ会社に勤務できたのだと思います。

もしこれが大勢の中での仕事だったなら、依存する物や人がいなかったら、3ヶ月続けば良い方だったと思います。

また、逃げる場所の他に唯一、今でも付き合いのある友達が一人会社にいたことも良かったことだと思います。

アスペ子の話を「うんうん、やだ〜、あはは」などと言って受け止めてくれる人でした。

アスペ子は正直、この子は高卒の年下の子だったので見くびっていたようなところがあったのですが、会社の中でアスペ子のことを普通の人間としてみてくれる唯一人の子だったので、アスペ子もガンガン本音を言え、ストレスも緊張もなくアスペ子的に普通に話ができたました。

今思うと本当に「いてくれてありがとう」という気持ちで一杯です。(やはり遠くに住んでいるのですが、今でも年賀状やメールなどで連絡を取り合う仲です)

(働くこと・その2へ続く)

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Posted by アスペ子