アスペ子と社会生活〜依存・その1〜

アスペ子と社会生活を書くにあたり、最初に書いておかないといけないことがあります。

それは「依存」です。

アスペ子は何かに依存しないと生きていけないようで、一人暮らしを始めた大学生活からその依存が激しくなりました。

その依存とはなんだったかというと「男性」です。

 

依存の始まりは一人だったから

大学生活では同級生同士や先輩後輩で付き合う人たちがいました。

アスペ子は容姿端麗でもなく、太っていたし、誰からも告白されませんでした。もちろん自分からも告白したこともありませんでした。同級生や先輩が子供みたいだと思っていた節もあります。

大学2年生の時に唯一、居酒屋でバイトをしたのですが、お客さんたちは紳士な男性が多く、とても楽しい場でした。

そこに来ていた8歳年上の(仮に)Aさんと意気投合し、付き合うようになりました。アスペ子が生まれて初めて恋人を作ったのです。もちろん初体験もこのAさんです。

バイトも辞めて、Aさんの仕事の休みの日には車でいろいろなところに行きました。

パチンコやタバコもこの時に覚えました。そのうちに、お互いの住処を行き来するのが面倒になってきて、アスペ子がAさんの家で暮らすようになりました。

 

学生結婚と両親の間に立たされる

Aさんの家にはほとんど寝たきりのお婆さんとお父さんの二人がいました。アスペ子は夕飯を作ったり、掃除をしたり、お父さんとAさんのお弁当を作ったりと、ほとんど同棲状態でした。

朝、お父さんとAさんを車で仕事場に送って、その足で大学に行く日々が続くうちに「結婚」という言葉が出るようになりました。「じゃあ結婚しようか。学生結婚もいいね」と他人事のようにアスペ子は考えていました。

そして、いざアスペ子の両親に二人で会いに行ったら、もちろん大反対。

アスペ子は一応反発したけど効果なしでした。

それで結婚の話は終了。Aさんはアタフタした感じでしたが、アスペ子が明日二人で帰ろうと言ったら落ち着いていました。

この時以来、父親が亡くなるまで、父親とは会話らしい会話はしませんでした。

 

アスペルガー症候群の二次障害?

この一件以来、アスペ子の中ではAさんとの結婚は無しになりました。無=頭が止まって空っぽ状態のような感覚です。それでもAさんはアスペ子と結婚したいとずっと思っていたようで、その後の日々の生活はそれまでとなんら変わりはありませんでした。

そして大学4年の夏にAさんの子供を身ごもりました。アスペ子はもちろん産むことは考えていませんでした。Aさんは産んで欲しかったようでしたが、アスペ子は無理?ダメ?・・・なんだろう・・・結婚をしたいと思わない人の子供は産めないと思ったのでしょうか、中絶をしました。

大学を卒業し、会社勤めが始まってからもAさんと付き合っていました。

入社3〜4ヶ月も経つとアスペ子もダイエットを始め、効果が出てきてスリムになり、化粧をすればなんとか普通には見られるようになりました。その頃はAさん宅に泊まりに行くこともなくなり、休みの日に会うくらいになってきていました。

そんな時、会社の上司から自宅に電話がきて遊びに行っていいかと言われたので、何も考えないアスペ子ですから「どうぞ」と返事をして、会社の上司の(仮に)Bさん(妻帯者)を自宅に入れました。そしてあたりまえのように性行為をしました。

AさんからBさんへ依存がシフトした状態になったのです。

それからBさんは退社時間後にアスペ子の家に寄っていくようになりました。

アスペ子は当時、二股をしていたわけです。この時はもう気持ちはBさんの方へ行っていたので、Aさんには単刀直入に「好きな人ができたから別れましょう」と言いました。

Aさんは相当なショックを受けたらしく、でもその気持ちをアスペ子は察することができず、今思うと非常に申し訳ないことをしたなと思っています。
(依存・その2へ続く)

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発達障害と仕事

Posted by アスペ子