発達障害と就労〜会社で苦しまないために〜

酷暑で気温が40℃を超える地域がありました。

ちょうどその日に、主人と私は買い物に行ったのですが経験したことのない暑さでした。

今年の夏は本当に無理をせず、エアコンを使用だと痛感しました。

精神障害のある人が会社で働くということ

前回、発達障害と就労〜障害者雇用に関して〜という記事を書きましたが、それに関連した記事を見つけました。

 

 

ここには、大人の発達障害者が社会に出て働くと、職場で出やすい症状などが掲載されていました。

記事の中に「これって私と同じだ」という言葉がありました。

発達障害者は、子供の頃は周りから変な子だと言われても、成長するとともに自分で時間の使い方や人間関係が自由に選べるようになる

普通の人が当たり前にできることができず(たとえば毎日、満員電車に乗る、ほか多数)、うつ病発症、4カ月で会社を休職。その後退職をして1年間ひきこもり、ベッドから起き上がれない生活が続いた

一昔前なら、「甘えるな!」「働くことを舐めているのか」と言われてしまうような話である。けれども私はまじめに悩んでいた。なぜ普通に人には当たり前にできることが自分にはできないのか、よくわからなかった。発達障害と診断されるまでは……

私はアスペルガー症候群ですが、自分がアスペルガー症候群と知ったのは今から約3年前です。

それまでは、自分では一生懸命やっていてもなんだか空回りすることが多く、特にコミュニケーションを取ることがとても苦手でした。

そんな自分に対して「気合が足りない・努力が足りない・考える能力が低い」などなど、自分で自分の首を絞めていました。

そしてそのストレスの発散場所が「主人」となってしまったのです。

 

アスペルガー症候群の悩み

また、記事の中にはこんな言葉もありました。

上司たちはとてもやさしく声をかけてくれたけれども、時にそれが逆効果になることもあった。たとえば、「飲みに行こう」という声がけ。この「飲みに行こう」が一部の発達障害の当事者にとっては、悩みを生む。発達障害傾向のある若者のうちかなりの割合の人が、雑談が苦手だからだ

これも全く私と同じです。とても親しい親友ならまだしも、会社の飲み会は大の苦手でした。

結婚後に働いたパートの仕事でバーベキューをやることがあったのですが、私は内心「早く帰りたい、早く帰りたい」と思っていました。

このバーベキューは「夏の激務、ご苦労さま会」のようなものでした。上司がパートの人をねぎらってくれて開催されていたのにも関わらず、私にとっては苦痛の他ありませんでした。

 

アスペルガー症候群とパターン認知

この記事を読んで、私は「パターン認知」という言葉を初めて知りました。

私なりにパターン認知を解釈すると、後天的に備わった、いわば自己防衛策のようなものと思いました。

記事にこのように記載されていました。

昔から空気を読んで発言することが苦手だった私は、「コミュニケーションをパターン化」して理解することに慣れていた(幼少期からいじめられないように、努力した結果だ)

採用面接初期のころ、某外資系金融機関では、空気が読めず何を発言したらいいのかわからずさんざんな結果に終わった。しかし、その後インターネットで「よくある質問パターン」を洗い出し、その回答を作って暗記するまで読み込んだところ、ほとんどの会社で最終面接までは到達した

これも私にピッタリ当てはまりました。

「相手がああ言えば、私はこう言う」と言ったように、私の中には人とのコミュニケーションをとるパターンが存在しています。

ですから、キチッとしたマニュアルがあることに対しては全く不安にもならないし、仕事であればきちんとやることができます。

しかし曖昧なマニュアルであったり、対人間であったりすると、もう頭はパニックです。

最後にパートで働いたパートの仕事は運動のインストラクターでしたが、慣れるまで約2年以上かかりました。

慣れたと言っても、私の頭の中は常に不安でいっぱいでしたが・・・

(余談ですが、それでもこの経験は今とても役に立っています。頭で考えること、物事を臨機応変に考えること、ユルフワで良いんだと思うようになったことなど、私にとってとてもプラスな経験でした)

 

発達障害者は「使えない」のではなく「使い方が難しい」だけ

記事の最後に記載されていました。

自社に何が許容できて、何を許容できないのか「行動規範」などを通じて、明文化しておく必要がある

採用する企業は「自社に合った人材とは何か、自社に合わない人材とは何か」を考え、発達障害の就活者は「自分に合うポジション、合わないポジションとは何か」を明確に定義したうえで、採用や配属、就活を行うことで、一人ひとりが生き生きと働くことができる

それは、発達障害のあるなしにかかわらず重要なことかもしれない

全くもってその通り。

前回のブログでも書きましたが、私は人間誰しも「適材適所」があると思っています。

現実的に考えると「じゃあ今すぐに!」とはいかないにせよ、将来、この「適材適所」がうまく実現すれば、日本全体が今よりももっと暮らしやすい国になるのではないかな・・・と期待している私です。