引越し〜その3〜

主人とアスペ子は次の物件を探し始めました。

その頃には、ある程度主人のライターの仕事も軌道に乗っていたので、思い切ってマンションに住むことにしました。そうすれば上の階との騒音問題が解決するからです。

前々から気になっていたマンションの1階部分がちょうど空いていたので、そこに引っ越すことにしました。

 

アスペ子の再就職

引越しも3回目となると手際よく済みました。

なんでもいらないと思った物を捨てるアスペ子なので、引越しをするたびにものが減っていきます。マンションなので床に物を置かなくても収納できるし、掃除も楽だし、文句無しでした。

引越し後のアスペ子は、家事をしたり、少しでもお小遣いを貯めようとパソコンをしたりして、少しずつ落ち着いてきてきたように思いましたが、やっぱり日々のストレスなのか、なんなのか、イライラしたりうつ状態になったりして主人を困らせていました。

そんな日々が半年も続いた時に、主人から「また働いてみないか?」と提案がありました。アスペ子はもう40歳を超えていたので雇ってもらっても自分を卑下するだけだと、頭の脳みそがギュッと掴まれるほどの痛みになるくらい悩みに悩みました。

でも働くことを決めました。これで最後。ここで自分の嫌な部分(子ども嫌い、コミュニケーション、暗くならずに明るく、ストレスを溜めない)を吹っ切ろうと思いました。主人も同じで、働くことによってアスペ子が少しでも良い方向に行ってくれることを望んでいました。

働き場所は以前3ヶ月でやめた運動クラブでした。

電話をかけて謝って、また働きたい旨を話したところ、ちょうど求人を出していたから助かると返事をもらい採用されました。

早速、働きに行くことになったアスペ子は、まず同僚の女性に謝りました。反応はあっけない感じでした。そりゃそうだよな、突然辞めたんだし、迷惑をかけたんだから仕方ないと思い、仕事に専念することにしました。

改めて働き始めると、以前見えなかったものが少しだけ見えてくるようになりました。大きな声で指示することもできました。

子どもの安全を見る目もできるようになりました。名前も少しずつ覚え、的確な指導もできるようになりました。柔軟性のある指導はアスペ子にとっては苦手だったのでなかなかできませんでしたが、毎日、頑張って働きに行きました。

ここで変わらなければという思いと、主人が「働いてお金を稼ぐのではなく、自分のために働いてごらん。お金のために働かなくていいから」と言ってくれた言葉が後押ししてくれたお陰だったと思います。

 

やっぱり良いこともあり悪いこともあり・・・

ただ良いことばかりではありません。やはりアスペ子はアスペ子なのです。

まずは通勤で家を出発する時間がどんどん早くなっていきました。朝から道路交通情報をパソコンで見ていました。雨や雪の日は特にナーバスになりました。

次にやはり以前と同じように受付の仕事が苦痛でした。指導だけを仕事にしたいという言葉を上司に言いたくても言えませんでした。残業代が出ない仕事もやりました。事務のお局様のご機嫌取りが身につくようになってしまいました。

働いていくうちに少しずつ当初の思いがずれ始めていきました。俗っぽくなったというか、ストレスやパニック状態、うつ状態があらぬ方向に進んで行ったのです。それに気づいた時、アスペ子は愕然としました。主人に当り散らさない代わりに俗になっていたと。

その思いを救ってくれたのは子どもたちでした。子どもたちは素直でストレートですが、いつも笑顔で元気いっぱいです。頑張り屋さんです。

その姿をじかに感じたアスペ子は、この時初めて「良かったなぁ、ここでこの仕事ができて良かったなぁ」と思うと同時に、目的は達成されたんだなぁと感無量でした。

この頃、主人の仕事も順調だったので、アスペ子は年末で仕事を辞めることにしました。もう体に無理が利かなくなったというのが本音です。もっと若い指導者にまかせよう、上級者は上司が見たほうが絶対に伸びるという思いもありました。そして年末、円満に退職しました。

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発達障害と結婚

Posted by アスペ子