引越し〜その1−1〜

引越し先は主人の両親の家の近くのアパートに決めました。

都会なのでちょっと歩けば駅やスーパー、薬局、なんでもあって、とても楽しい場所でした。間取りは少々狭く感じましたが、同じアパートの住人の生活音も聞こえず、アスペ子にとっては快適でした。

 

心機一転は叶うのか?

引越し作業はお金がなかったので自分たちで行いました。

さすがに大物もあったので、レンタルトラックを1台借りての引越しです。アスペ子は新しい新居に住めることが嬉しくて頭がいっぱいでした。新婚時代のアパートよりも綺麗で洒落た感じのアパート。しかも仕事まで付いてくるのですから、もう夢のようでした。

無事に引越しも終わり、片付けも終わった頃に新しい事業の話になりました。

アスペ子はワクワクしながら話を聞いていたところ、聞いていた内容と全く違うではありませんか!すぐにでもできるようなことを言っていた主人の母親ですが、担当者の話ではお金を用意して、自分で営業して開拓する云々・・・

そりゃそうですようね、うまい話はそうそう転がってはいません。結局、主人の母親の言っていた事業は頓挫し、主人とアスペ子はまたドン底に落ちてしまいました。

家賃は主人の母親が払うという条件だったので心配はいらなかったのですが、その他の生活費や支払いは待ってくれません。滞納したり、借金したりの繰り返しでした。それでも細々でも一生懸命、主人がライターの仕事をしてくれたおかげで、なんとかやっっていくことができました。

 

初めてのパートでの仕事

そんなある日、主人が「アスペ子は運動クラブで鍛えていたんだから、関係する仕事をパートでしてみたら?」と言ってきました。

アスペ子は愕然としました。あんなに嫌だった運動クラブに関係することなんて、今のアスペ子にできるのか? 社会で働くことができるのか?考えても嫌だ嫌だしか出てきませんでした。

でも今のこのタイミングで働かないと本当にドン底からハイ出せないと思い、働くことを了承しました。

それから求人誌をみては、運動クラブに関係するところをピックアップし、主人とも相談して、とある施設の受け付けを始めました。運動クラブとは直結していなかったのですが、家から近かったし、運動クラブが施設の敷地内にあったので、まずはやってみようということになりました。

仕事は主にお客様の対応でした。分厚いマニュアルがあり、アスペ子は目眩すら覚えましたが、帰宅後もその日にあったことを忘れないようにまとめたりして、必死に働きました。

就業時間もシフト制ではありましたが、きっちりとしていたのでアスペ子にとっては働きやすい環境でした。

ただやはり同僚とのコミュニケーションがうまくとれず、困ってしまったことが何度もありました。

控え室では、些細なことでも聞きたいことが聞けなかったり、会話の話題作りができなかったり、アスペ子が話さないから皆、黙ってしまっているんだと被害妄想になったり、小さなストレスがどんどん溜まっていく感覚がありました。

そして約1年くらい働いて辞めました。体ではなく心や頭が爆発しそうな感覚、イライラした気持ちをまた主人にぶつけ始めたからです。

主人も毎日のように愚痴を言ったりイライラしているアスペ子に対して、今の職場は限界だと思ったのでしょう。主人だってアスペ子の話を聞くだけで、ボロボロになっていたのですから辞めることに反対はしませんでした。

この時、やはり運動クラブそのもので働いて自分の気持ちを乗り越えなければいけないんだと思うようになったアスペ子でしたが、それは気持ちの表面上だけであって、真からの気持ちではなかったように思います。

運動クラブで働く年齢ギリギリだったということも心配していたし、雇ってくれるのだろうか、同僚とのコミュニケーションがとれるのだろうか、そして、今まで運動クラブで働いたことがないアスペ子が、子供達にうまく教えることができるのだろうか。

アスペ子は頭の中の脳みそがギュッと締め付けられているような痛みを感じ、立っていられなくなってしまいました。

でもやらなきゃ、でもやりたくない、でもやらなきゃ、でもやりたくない・・グルグル回る言葉に放心状態になったアスペ子でした。

(引越し〜その1−2〜へ続く)

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Posted by アスペ子