広汎性発達障害のアスペ子の結婚・夫婦感

アスペ子は、何にでも「感化」しやすい性格です。

「真面目」「素直」と言えば聞こえは良いですが、それは本当のアスペ子を知らない人が言う言葉であって、決っしてアスペ子は「できた人間」ではありません。

今は特に、うつ状態になっているわけではないのですが、ある海外ドラマを見て「死」について、改めて考えてしまいました。

以前「人は、オギャーっと生まれた瞬間から死に向かって生きていく」というようなことをブログで書きましたが、この考えに変わりがありません。誰だって、いつかは「死」を迎えるのですから。

アスペ子は、自分が広汎性発達障害の中の中程度のアスペルガー症候群と知らずに結婚しました。もちろん、主人も知りませんでした。

結婚した理由? を簡単に言うと、遠距離だったので、毎日電話をしたり、毎週末会うにはお金がかかりすぎるからだったです。

もう少し深く言うと・・お互いにお互いを求め、共に暮らすことでプラスになると思って結婚したのだと思います。遠距離でしたから、なおさらこの思考が強く出て、初めて直接会ってから、約4ヶ月後には入籍していました。アッという間の出来事でした。

アスペ子の引越しは簡単なもので、今思えば「YESかNO」で荷造りをしたので、ほとんどのものは捨てました。

当時は冷蔵庫やテレビやコタツも燃えないゴミの日に出せたり、黒いビニール袋が使える時代でしたので、その黒いビニール袋の中に、アスペ子が持てるくらいの重さまで、いらないもの、使わないもの、持っていっても仕方がないもの、とにかく家にあった4/5くらいは棄て去りました。

新居に持っていくものは、デスクトップのパソコンと最低限の衣類と、炊飯器、結婚後に使えそうだなと買っておいたちょっとだけの食器だけでした。

運ぶ手段は、今のように「単身引越便」などというものはなく、仕方がないので、いつもお世話になっていたクロネコヤマトの人に相談したところ「コンテナ一つ分に収まるようでしたら、他のコンテナと一緒に運びますよ」と言ってくれました。

コンテナに積む時間もアスペ子の就業時間(帰宅時間)に合わせてくれて、本当にありがたかったです。ちなみにコンテナ一つ分は、畳半畳ほどの面積で、高さは2m弱くらいでした。

新居を選んだのは主人とアスペ子でしたが、アスペ子が新居に着くときには、主人がカタログショッピングで注文したテーブルや椅子、主人が自宅で使用していたメタルラックなどを設置してくれていました。

アスペ子は、もう感無量でした。何もないガランとした部屋に入ると思っていただけに、食卓や椅子、パソコンやテレビを置くメタルラックなど、最低限でも家具が揃っていたからです。それを主人が仕事の合間を見て運んで組み立てていたなんて、想像もつかなかったアスペ子は、主人がますます大切な存在となりました。

アスペ子の荷物は、アスペ子が新居についてから二日後に届きましたが、改めてみると・・もっと捨ててくればよかったかなと、ちょっと反省しました。

ベッドもカタログ通販で注文したのですが、届くまでに日にちがかかり、それまでは義母が買ってくれたシングルの布団で二人で寝ていました。今思えば、新婚さんだから、シングルに二人で寝るのは楽しかった思い出です。

月日が経ち、カテゴリーの「アスペ子と結婚」にも書きましたが、本当にいろいろなことがありました。引越も4回。そのたびに何かしらの区切りがありました。家との区切り、会社との区切り、家族との区切り、社会との区切り・・

そして、アスペ子が広汎性発達障害の中の中程度のアスペルガー症候群とわかった今、本当の、真の新しい出発を始めて約2年が経とうとしています。

この約2年であらためて「結婚・夫婦」を主人とアスペ子で話し合いました。前々からわかってはいましたが、なかなか実行できなかったことを今、実行しようとしています。

それは「生活の土台(基盤)をしっかり固める」ということです。それが出来てから次のステップに進むべきだと結論を出しました。

「そりゃそうだろう、当たり前だ」と思う人もいるかもしれませんが、アスペ子宅は、結婚した時から、常にあるもの・・例えると汚いアクトでも言うのでしょうか、それに追われ、プレッシャーを背負いながら生活してきました。特に影響が出てしまったのはアスペ子でした。最終的には気が狂ってしまったのですから・・

「結婚・夫婦」「生活の土台(基盤)」アスペ子はとても大切なことだと思います。我が家は魚たちを除くと、主人とアスペ子しかいません。

どちらかが崩れたら、両方崩れる危険性を持っています。基本的には、主人が崩れるとアスペ子が共倒れになってしまいます。なぜかというと、それは依存かもしれませんし、広汎性発達障害のせいかもしれませんし、とにかくアスペ子自身の「自立」が困難な状況にあるので、主人には本当に申し訳ないくらい、とても苦労をかけています。

そこへきて、冒頭にも書きましたが、生と死の関係についての海外ドラマを観ました。そして、アスペ子は思いました。

「今はまだ元気に歩いたり、食欲もたくさんあり、毎日楽しみながら生きているけれど、もしアスペ子が一人になったら・・どうする?どうなる?どうしよう?・・」泣いて暮らすことができれば一番楽ですが、アスペ子や魚たちが生きていくには、アスペ子一人ではどうすることもできないのが現状だと思いました。

また、主人が一人になったらどうなるのだろう? これはアスペ子の推測にすぎませんが、多分、主人はアスペ子がいなくても、魚たちの世話もし、自力で生きていくことができる人だと思っています。

ただし、主人とアスペ子で共通していることは「夫婦」=「絆」があるということだとアスペ子は自負しています。一人になったという事実を、我を取り戻すには、お互いに長い年月がかかるでしょう。

「夫婦」=「絆」とアスペ子が感じ始めたのは、恥ずかしながら、つい最近です。

アスペ子がうつ病ではなく、広汎性発達障害の中のアスペルガー症候群だと知り、アスペルガー症候群の二次障害をなくすための服薬を開始し、約1年9ヶ月頃のことです。それまでの結婚期間、約14年間は何だったのだろうか? アスペ子が主人に八つ当たりしたり、一人でイライラしたり、笑顔が出来なかったり、仕事で苦しんでいる主人を励ますことなどせず逆に貶し、それでいて主人に依存して生きてきたアスペ子は、本当に罰当たりな年月を送っていました。

十人十色、夫婦も様々な形があると思います。我が家はお互いに言葉には出しませんが「目に見えない絆」でしっかりと繋がっています。それというのも心療内科に通い、服薬し、安定期になりつつあるからではないかと思います。

そして、お互いに楽しいこと、楽しむことを考え提案し、それを実行しようとともに進んでいく力がまだまだみなぎっているのだと思います。

人生の半分は過ぎている年齢にはなりましたが、これからが本当の結婚生活の始まりだと思っています。主人とやりたいことが、まだまだ山ほどあるのですから、ここが正念場。慌てず焦らず笑顔で、楽しみながら、土台を固め、新婚生活を始めるような気持ちで生きていきたいと思っているアスペ子です。

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発達障害と結婚

Posted by アスペ子