二次障害の立ち直りが早くなったかな?

前回のブログに書いた、兄からの電話。アスペ子は、電話の内容を聞いて、頭が真っ白、思考が止まったような感覚になりました。

そして「なんでいつもアスペ子が実家の犠牲になってしまうのだろう。もう主人の籍に入れて16年。実家には兄がいるのに・・アスペ子に子供がいないから?子供は親の面倒を見るのが当たり前なの?どうして?」と、アスペ子の頭は少しパニックになり、そしてちょっとだけ泣いてしまいました。

世の中、もっと体験な苦労をしている家族や人がいるとは思いますが、今のアスペ子には「今の母親」の面倒を見るのは極めて困難な状態です。

兄に「今の母親」の面倒を見るのは、アスペ子には困難だと伝えて、電話を切ってから、正直、アスペ子は呆気にとられていました。

話は早い方がいいと思って、正直にいろいろ兄には話そうと思い、兄の携帯に電話をしました。3回しても出なかったので、実家の電話に一度掛けました。コール数は20回。でもやはり誰も出ませんでした。

どっちの電話にかけても出ないのだったら仕方がないから、時間をずらそうと思っていたら、兄からアスペ子の携帯に電話がかかってきました。

兄「電話くれた?買い物に行っていたから、携帯を持って行かなかったんだ。母親が家に電話がかかってきたけれど、ちょうどトイレに行っていたので出られなかったって言ってたから、アスペ子からかなと思って電話したんだけど」

アスペ子「そっか、悪かったね。薬を飲んで寝ていたんだけど、目が覚めて、話は早い方が良いと思って電話をしたんだ」

この会話で、アスペ子は「ピン」ときました。「今の母親」の脳梗塞の程度は軽いほうなのではないか・・と。自分一人でトイレに行けるくらいなのだから、少なくとも、足には麻痺などが出ていないということです。

元々「今の母親」は、くも膜下出血で片足が少し不自由でしたが、日常生活上、何も問題はありませんでした。今回の脳梗塞は、良くも悪くも足には障害が出ていないということです。

アスペ子は、この兄の言葉で勇気と言ったら変ですが、アスペ子には本当に関係がないんだなと思いました。それなのに子供(アスペ子は兄とアスペ子の二人兄弟なので、一応、長女です)に頼るなんて・・呆れてしまうと同時に、今までにも増して「実家との無縁」を感じました。

主人はアスペ子が、広汎性発達障害(アスペルガー症候群)の二次障害が爆発するのではないかと、とても心配していました。アスペ子に「大丈夫だから、心配するな」と言ってくれました。

アスペ子も、最初は顔の表情が全くなくなってしまい、アスペ子自身も「やばいな」と思っていたのですが、少しずつ回復し、今では今まで通りの生活に戻ることができました。

薬のおかげでもあり、主人のおかげでもあり、アスペ子自信が「逆戻りはもう嫌だ」と思う気持ちがあったこともあり、「今の母親」が歩いてトイレに行けるということもあり、兄が珍しく優しい声で電話してきてくれたこともあり・・いろいろなことが重なって、アスペ子の広汎性発達障害(アスペルガー症候群)の二次障害を爆発させないで入られたのだと思います。

ただ一つ、頭の中を横切ったのは・・「アスペ子は生まれてきたくなかった」「いたくなかった」という思いです。

そして「死んでしまいたい」「自分を痛めつけたい」と、少しだけ思いました。

今までアスペ子は、いわゆる「リストカット」という行為をしたことがありません。なぜかというと、刃物が肌に触れて切れることが怖いからです。代わりに、手のひらやゲンコツで頭を叩きまくります。そうすることによって、胸のつかえが取れたり、気持ちが落ち着いたりするからです。

でも今回は、何もせず、ただただ「2年前の気が狂ったアスペ子には戻りたくない」という気持ちがとても強く心と頭の中にありました。

もう二度と戻りたくない2年前。

アスペ子は、今は主人との生活をとても大事にしています。アスペ子は、これから先の暮らしについて、夢と希望をやっと持てるようになりました。

今まではただ漠然と生きてきたアスペ子が、「これから先の夢と希望を実現させよう」と主人と共に生きて行こうと思えたのは、本当につい最近です。だからこそ、誰にも邪魔はされたくないし、誰にも迷惑をかけたくないのです。

我儘な「今の母親」は、「子供が面倒を見るのが当然」と固執しています。(兄が結婚していて、義姉がいれば話が違ったでしょうが・・)「今の母親」の心に響く言葉は何もありません。

それでも兄は、兄なりに苦労してきた分、電話の感触では、ほんの少しはアスペ子のことをわかってくれたような気がします。今はそれにかけるしかありません。

正直に言いますと、アスペ子の中では実家とは「縁切り」しています。そうしないと、邪悪なものがアスペ子に向かってくるからです。今の土地に引っ越してきたのも、きっと無意識のうちに「離れたい」という気持ちがあったからではないかと思っています。(アスペ子宅から実家まで、電車で3時間はかかります)

今、アスペ子が平然とブログを書いているのも、こういった経緯があるからです。幼少期からの育った環境というのは、本当に大切だと痛感しています。

特にアスペ子のような、広汎性発達障害(アスペルガー症候群)の中でも、受動型を持つものとしては、両親の言いなりでした。アスペ子自身が考えなくとも、両親が道を作ってくれていたので、なおさら「ノホホ〜ン」として成長してきました。そして社会に出て初めて、世の中というものを知り、愕然としました。(アスペ子と社会を参照してください)

アスペ子が、両親に言いたいことは、きっと山ほどあるのだと思います。でも、父親は亡くなり、「本当の母親」も亡くなり、アスペ子は主人と結婚して籍を移し性が変わり、もう環境も幼少時代と全く違っています。

多分、少しずつ、アスペ子の二次障害は改善されてきているのだと思います。2年かかっていますが、ほんのちょっとの改善が嬉しいアスペ子です。

主人がよく言います。「何かあったらその時に考えればいいんだよ。先のこととか、ありもしないようなことを今考えたって無駄な時間を費やすだけだよ。今やること、今しかできないことをしたほうが得だよ」と。

いつも空想の中で育ってきたアスペ子には「今」を考えることは、なかなか難しいことでしたが、だんだんできるようになってからは、自然と二次障害も影をひそめるようになった気がします。

一日は24時間。今まで40数年間を無駄にしてきたのですから、これからの時間をアスペ子ができる範囲で楽しんで、楽しみながら、生き生きと過ごしていこうと改めて思いました。

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Posted by アスペ子