2018年10月を振り返る

過去の記事に書いた「覚書」のうちの、2018年10月を書きます。

閉鎖から解放へ

2018年10月は、自分から外に出たくて仕方がありませんでした。

というのも、2018年7月に主人の祖母が入院したので見舞いに行くことになり、久しぶりに主人の両親と姪っ子に会いました。

それがきっかけとなり、私の中でコミュニケーションを取ることの必要性を実感し、時には一人で電車に乗り、義母に会ったり、義母と祖母の見舞いに行ったりして、2018年10月は毎週最低1回は外出していました。

その度、主人はハラハラドキドキだったようです。

それはそうです。この私が一人で外出することは「賭け」と同じです。

 

そうとは知らず、私は外出することが楽しくて仕方がありませんでした。

見るもの、すること、もちろん食べること・・・

全てが新鮮で、楽しくて・・・もうウキウキしっぱなしでした。

私自身は「一人で外出することができるようになった」「コミュニケーションが取れるようになってきた」と思っていました。

 

真実は違った

「主人の心配=ハラハラドキドキ・アスペ子が一人で外出することは賭けと同じ」は見事に的中しました。

2018年10月下旬頃から、私は精神的にも肉体的にも疲労困憊になっていました。

私自身が思っていた「一人で外出することができるようになった」「コミュニケーションが取れるようになってきた」ということが、実は私にとってとても負担なことだったのです。

 

2018年12月の記事にも書きましたが、2018年10月の私は躁状態でした。

ですから、やることなすこと皆全てのことが楽しくて楽しくて仕方がなかったのです。

確かに「一人で外出することができるようになった」「コミュニケーションが取れるようになってきた」ことは少なからずとも間違いありませんが、そうさせていたのは躁状態でした。

躁状態はとても速いスピードで私の気持ちを上昇させました。

今思うと、このスピードは私にはとても早すぎたので、結果的に精神的にも肉体的にも疲労困憊状態となってしまったのです。

 

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