広汎性発達障害(アスペルガー症候群)に突然は禁物

やっと梅雨晴れになり、溜まった洗濯物もカラリと渇き、気持ちの良いアスペ子です。

しかし、良いこともあれば嫌なこともあるのが生きているということです。

先日、兄からアスペ子の携帯に電話がかかってきました。何年ぶりの会話でしょうか?記憶にないくらいの長い年月ぶりの会話でした。

アスペ子は直感的に嫌な気がしました。それはそうです。何年かぶりの、しかもいつもは主人の方へ電話がいくのにもかかわらず、直接アスペ子に電話をしてきたのですから・・

兄からの電話の内容を簡単に書くと、

「今の母親」が「脳梗塞」で倒れて、しばらく入院していたのだけれど、今は退院して家にいる。「今の母親」曰く、アスペ子に来てほしい。食事とかいろいろ面倒をみてほしい。ただし、来るのはアスペ子のみで主人は来なくていい。

とのことでした。

兄は以前の兄と違い、物腰が柔らかく、別人のようでした。頼み事をしてきているからかもしれませんが、アスペ子は不思議な気持ちで兄の話を聞いていました。

と同時に、アスペ子の頭の中は真っ白になっていて思考が止まっていました。突発的な話に、広汎性発達障害(アスペルガー症候群)の特徴が出た証拠です。

兄は「返事は急がないから〇〇(主人)と相談して、返事をしてくれ」と言って、電話を切りました。

主人が「どうした?」と聞いてきましたが、ちょうど主人は仕事の真っ最中。そんな時にアスペ子の実家の話をいうのはいけないと思い、簡単に説明をしておきました。

主人は「どう考えたって無理だろ?理由を話して断ればいいよ」と言ってくれました。

確かにその通りです。アスペ子は、今でさえ、主人と一緒でしたら電車にも乗れますし、スーパーに買い物にも行けます。しかし、アスペ子宅からアスペ子の実家まで電車で移動となると、2時間では着かず、乗り換えもありますし、しかも一人で行くことが、果たしてできるかといったら・・今現在のアスペ子の状況では限りなく「無理」です。

そして、病気の「今の母親」を障害を持つアスペ子がどの程度、介護できるかといったら・・なおさら無理です。アスペ子は、すぐにセニラン錠を飲み、主人が少し休みなさいと言ってくれたので、仮眠をとりました。

そして、仮眠から目が覚めて、主人に「今、アスペ子から兄に電話するよ」と言いました。

アスペ子は兄の携帯に電話したのですが、3回かけても出ず、実家の電話にも1回かけたのですが出ずだったので、また時間を空けて電話しようと思いました。

それからすぐに兄から携帯の方へ電話がかかってきました。アスペ子は「早く返事した方がいいと思って・・」と言って兄と話をしました。

アスペ子が話した内容を簡単に書くと、約2年前にアスペ子の気が狂って、主人が市役所に相談に行ったら「奥さんをすぐに病院に連れて行きなさい」と言われ、それから約2年、心療内科に通っていること。うつ病で障害者手帳を取得したこと。心療内科の先生の紹介状を持って、大人の発達障害の専門病院に行って診てもらった結果、広汎性発達障害の中の自閉症スペクトラムの中のアスペルガー症候群だと診断されたこと。主人がいないと人混みの中にいられないこと、電車にも乗れないこと。家にあった車も売ってしまったので今は車がないこと。だから、ちょっと実家に行くことが難しいと話しました。

兄はとても頭が良い人なので、すぐにアスペ子の話を理解し、「わかった、そういうように母親には伝えておく」と言いました。(アスペ子には、どの部分をどのように話すかはわかりませんが)
そして兄は「まぁ自分の体を大切に、治す・・治らないか・・まぁ大切にしろ」と最後に言ってくれました。(兄がアスペルガー症候群を理解しているからこそ、アスペ子に言った言葉だと思っています)

アスペ子も「お兄ちゃんも体が大変(糖尿病)なのに申し訳ない。何かできればよかったんだけど。ありがとう・・」と言いました。

電話の最後に兄も、何に対してかはわかりませんが「ありがとう」と言って電話を切りました。今までのアスペ子だったら、主人に代わりに電話してもらっていたと思います。しかし、主人は仕事の真っ最中。しかも、話の真ん中に立たされていたのはアスペ子。

アスペ子は、この問題はアスペ子自身が話さなければいけないことだと思いました。なぜならば、アスペ子自身が動いてこそ、何か・・実家とアスペ子の間にある「アスペ子の二次障害を乗り越える何か」があるのではないかと思ったからです。

結果的には、実家が今どうなっているのかはわかりませんが、アスペ子自身は薬のおかげでもあるのですがイライラなどなく、なんとか普通にして入られます。

しかし、アスペ子が電話で使った体力の消耗は激しく、いまだかつて顔の表情がうまく出せない状況にあります。喜怒哀楽が少し欠如しているのでしょう。

「やったー!アスペ子にもできたー!」というような感情もなく、ただ淡々としているような感じです。

見かねた主人が、元気を出せよとばかりに「アスペ子の好きな」チーズたっぷりのお菓子を買ってきてくれました。本当にこういう時には、主人に感謝してもしきれないほど、頭が下がります。

これが「夫婦」というもの、「相方」というものなんだな・・と、また勉強させられました。

近年、老老介護とか、介護疲れで・・などのニュースを目にすることが多くなりました。

これから数十年で、主人もアスペ子も70、80歳と歳をとっていきます。今診てくれている心療内科の先生も引退する時期が来るとも思っています。

今回の突然の電話によって、「今が、今が」とならないように、先を見越して生きていくことが大切なんだなと思いました。

人それぞれの人生は十人十色。兄は持病を抱えながら、無職で「今の母親」の介護をする人生。アスペ子は広汎性発達障害(アスペルガー症候群)を一生持って生きていく人生。

その中でも、アスペ子から見るととても異色な存在は主人です。障害者から見た健常者がただ単に移植に見えるだけかもしれませんが、主人はとてもマイペースです。そして、昭和の時代には必ずつきものだった「義理人情」に厚い人です。そのくせ、数年、連絡のない親友がいても「便りがないのは大丈夫だってことだよ」と普通に考えています。

アスペ子は主人のような人は、思うがままに生きていって欲しいなぁと思います。今までのアスペ子は、主人の意見に対して、反対ばかりしてきました。結果、失敗。これが何度となく続いて今に至っています。

心療内科に通い始めて、今年の春先からやっと落ち着いてきたアスペ子は、今こそ、主人らしくやりたいようにやっていくべきだと思いました。

なぜかというと、アスペ子は主人のすることに関しては「突然、突発」と受け止めないで居られるようになったからです。これも主人とアスペ子の夫婦で培った、一つの「訓練」のおかげかもしれません。

スポンサーリンク

私の過去

Posted by アスペ子