アスペ子と兄

アスペ子の生い立ちにも時々登場していた兄ですが、アスペ子には8歳年上の兄がいます。

でもアスペ子は兄のことを「兄妹」つまり、兄と思ったことはあまりなかったように思います。

歳が離れていて、噛み合う話題が少なかったことや、会話らしい会話もあまりなかったし、二人でどこかに出かけたこともなかったし、戸籍上では兄ですがアスペ子は兄のことをなんと表現して良いのかわからないのです。

 

兄弟のようでいてそうではないようで変

兄はアスペ子から見ると、とても頭の良い兄でした。

何十巻という百科事典をすべて読みきったり、難しい言葉を話したり、かと思えば漫画本が好きで、特に萩尾望都さんが好きだとか、アスペ子には訳がわかりませんでした。

母親が言うには、兄は父親がとても厳しく躾けて育てたので、とても真面目なんだよというのですが、机を並べて宿題などをしている時は、兄はほとんど漫画本を読んでいました。

整理整頓が苦手だったらしく、机の上はゴチャゴチャ。逆にアスペ子は真っ直ぐになっていないと落ち着かなかったので、本や鉛筆削りや机の引き出しの中はきちんと整えていました。その時思ったのは、兄妹でもこんなに違うんだなぁということです。

また、小学生や中学生の頃に兄の友人が家に遊びに来たり、兄が遊びに行ったりということがありませんでした。高校になってやっと親友と呼べる、今でも付き合いのある人が一人いるだけです。なんだかアスペ子に似ているなと思います。

アスペ子は冒頭にも書きましたが、兄のことを兄と思っていなかったように思います。

一番印象的だったのは、兄の方からアスペ子に話しかけてくることがあまりありませんでした。

本当に小さい頃、まだアスペ子が小学校低学年の頃に家の中で当時流行っていたプロレスごっこをしていたくらいで、それも兄が飽きるとすぐ終わりになりました。アスペ子が嫌々父親に連れられて親戚宅へ行く時も、兄は同行しませんでした。今思うととても不思議です。

兄はアスペ子の実家の長男として生まれました。

後継ぎになると小さい頃から思っていたのか、そう教育されたのか定かではありませんが、高校は県下2番の高校に入り、大学は県の国立大学に入りました。

卒業する時に教授から「卒論の出来がとても良かったので大学院に行かないか」と言われたそうです。アスペ子だったら「やったー」と思うのでしょうが、兄はその教授からの申し出を断って、代わりに就職会社を推薦してもらったそうです。

就職をして、兄の生活はガラリと変わったようです。この頃はまだパソコンがDOSの時代だったので、暇さえあれば単行本を買っては読みふけっていたようです。

アスペ子が高校生の時に兄のところに1泊で遊びに行きました。

夕ご飯はたまに行くらしいうどん屋さんで、安くて美味しいうどん屋さんでした。そのあと、兄の住んでいるアパートに行ったのですが・・アスペ子はあんぐりと口を開けてしまうと同時に、納得もしました。

兄の元来の整理整頓が苦手な部分が部屋に出ていて、借りていたアパートの中はゴチャゴチャ。日中は仕事で部屋に誰もいなくなるので、本の重さと湿気とで、床が抜けるのではないかと思うほどでした。

それから数年して、兄にお見合いの話がきました。

両親はその相手のために知り合いの農家から直にバラの花束100本を買い、兄に相手の女性に渡すように言いました。兄はそれに従いました。アスペ子は変なことをする親だなと思った記憶があります。

何回かデートをして結婚の方向に行きそうになった時、兄は相手の女性に「会社を辞めようと思う」と言ったそうです。それを聞いた女性は思いとどまるように言ったらしいのですが、兄は退職し、結局お見合いは破綻に終わりました。

兄の中には「就職を世話してくれた教授が退官するまでは今の会社で働こう」と決めていたようです。その時期がお見合いの時期と重なったのでしょう。

実は兄はこの頃、ストレスのために髪の毛が薄くなってきていました。

会社での職務は研究所での内勤だったらしいのですが、上司とうまくいかず、一人で悩んでいたようです。社内旅行も入社した年以来行っていませんでしたので、もしかしたら同僚ともうまく付き合えていなかった可能性もあります。

両親は兄が転職して実家に戻ってくることに賛成しました。兄はすぐに転職先を見つけ働き始めました。

しかし、年齢的に表に出る仕事ではなく、裏方で雑務をしたり、シフトが遅かったりでした。2〜3年くらい勤めた頃、異動辞令が出て、なんと場所は県外。実質的なリストラでした。

そしてまた転職先を見つけて働き始めたのですが、ここは派遣社員で働いていたので、真っ先にリストラされてしまいました。

その後は・・・ずっと実家に引きこもっています。

2015年で50歳をとうに過ぎているというのに・・・父親が亡くなった後は母親の年金で実家で二人で暮らしています。

いつだったか、多分、最初の転職をした頃に健康診断で兄は糖尿病と診断されました。最初の会社勤めで不規則な食事が良くなかったのではないかと思います。

母親も年老いているので糖尿病食など作れず、兄自身が気をつけなければいけないのに、インスリンを自分で打っていた頃もありましたが、とうとう病院通いをしなくなりました。

今は、糖尿病からくる目の異常で手術をし、あまり物が見えないそうです。アスペ子がアドバイスをすると、すぐに怒鳴り散らします。まるで亡くなった父親のように。

だからアスペ子は兄のことは考えないようにしています。兄は兄なりにどうすれば良いかはわかっているはずです。母親が亡くなったらどうすれば良いか、糖尿病はどう治療していけば良いか、兄は知っているのに何もしません。

挙げ句の果てに、アスペ子の主人がアスペ子の障害について話そうと電話をしたら、怒鳴り散らしながら「アスペ子は障害なんかない!」と言い放ちました。(でもアスペ子はPDD・ASD・AS・ADHDですが・・)

アスペ子には兄が怒鳴り散らす理由が全くわかりません。一般的には何があったのかを聞いてくると思うのですが、最初から最後まで怒鳴っていたそうです。

こうやって兄のことを改めて考えてみると、アスペ子が知る限り、兄は広汎性発達障害の可能性が高いのではないかと思います。兄自身は絶対に認めないだろうし、受診も拒むと思いますが、アスペ子にとても近いものを感じます。

「兄妹」として育ってきた記憶がアスペ子にない以上、あくまでも推測の域を超えませんが、母親が亡くなってしまったらどうなってしまうのか・・・今はそれぞれの家庭を築いていますが、兄には兄らしく生きていって欲しいと願うアスペ子です。

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私の過去

Posted by アスペ子