アスペルガー症候群のアスペ子と親友

以前にも書きましたが、アスペ子には親友と呼べる人が二人います。

アスペ子が勝手に思っているだけかなと思っていたこともあったのですが、メールのやり取りや電話での話し方などから、やっぱり二人は親友なんだなと思えます。

 

親友の大切さを痛感する今日この頃・・・

一人は北陸出身の、学生時代のルームメイト(仮にA子と表記)です。

優しくて、可愛くて、アスペ子は大好きでした。歌が上手で音楽を専攻していました。北陸出身ということもあってかお酒が強く、楽しいお酒を飲むA子でした。

たまにA子の友達数人がやってきて、それぞれ得意の料理を一品持ち寄り、酒盛りをしたのはとても楽しい思い出です。お酒の飲めない子にどうすれば飲めるようになるのか、いろいろアドバイスをして日本酒とコーラを混ぜたものが一番飲みやすいことがわかり喜んでいたことが懐かしいです。(今はそれがカクテルのサムライと知り、なるほどと納得してます)

そのA子が恋愛をしました。彼女のいる先輩に恋をしてしまったのです。A子は毎日、悩んで泣いていました。相談にも乗りました。アスペ子はA子が大好きだったので、その男性を呼び出してカツを入れました。

今思うと先輩に対し、関係のないアスペ子がカツを入れるなんて、よっぽど視野が狭くなって頭に血が上っていたのでしょう。アスペ子の言いたいことを有無を言わせずガンガン言ったのはアスペルガー症候群だったからだと思います。

その後、進級した頃にA子は先輩の男性と正式に付き合い始め、卒業後は目出度く結婚しました。

披露宴に呼ばれたアスペ子は、友人代表のスピーチを頼まれたのでが、2〜300人の人の前で話すことがどれほどアスペ子にとってストレスだったことか。でも嫌とは言えないので、自分でも何を話しているかわからないことを話し、無事に?スピーチを終えました。

今は遠いところに住んでいるので、お互いに誕生日メールと年賀状くらいのやり取りですが、いつかまた会って長い長い話をしたいと思っています。

 

ポジティブさを学んだ親友

もう一人は、社会人の時の同僚です。

B子(仮にB子と表記)は高卒で経理の仕事をしていました。とても明るい子でしたが、アスペ子は当初、年下というのもあってあまり好きではありませんでした。B子の明るさにアスペ子がついていけなかったからです。

B子の一番良いところはポジティブな性格です。人の悪口を絶対に言いません。常に明るく、人の心配をしているB子でした。

会社勤めが長くなって、だんだんとB子と話をするようになっていくうちに自然と友達になり、気づいたら親友になっていました。本当に自然とだったので、何かきっかけがあったかなと思い出しても何も思い出せません。そのくらい自然でした。

B子と親友になったからといって、勤めている時に一度もB子の家に遊びに行ったことはありませんでした。たまに、会社で馬鹿話をしたり、昼食を一緒に食べたりというくらいでした。

真の親友になったのは、B子が10月に退職して、アスペ子が12月に退職してからです。

そして、アスペ子が会社勤め最後の日に初めてB子の家に泊まりに行きました。B子の両親はとても良い方で、お父さんはお酒を飲みながら楽しい話をしてくれて、お母さんは美味しい家庭料理をたくさん作ってくれました。

アスペ子は「こういう家庭を暖かい家庭というんだな」と素直に思いました。

その後、B子は資格を取って老人介護の仕事をしています。やはりB子とも遠く離れてしまったので、時々、近況報告でメールのやり取りをしたり、年賀状のやり取りをしたりしています。本当はお互いに会って話をするのが一番なのでしょうが、B子は仕事がハードらしく休暇も取れないので遊びに来てもらうわけにもいきません。

アスペ子も行けない距離ではないですが、やはり今の状態では行けそうにありません。でもいつか、必ず会って長い長い話をしたいと思っています。

 

少なくても大切に

たった二人の親友ですが、アスペ子にとってとても大切な親友です。

B子にだけは発達障害だと話してあります。でもアスペルガー症候群とは話していません。なぜでしょうか、まだ話す時期ではないとアスペ子の中でストップがかかっています。

話さなくても話しても、アスペ子はアスペ子だからアスペルガー症候群は気にしなくても良いのかなと思っています。

それとも話した方が付き合いやすいのかな?

こればっかりはアスペ子にはわかりません。考える時が来るかもしれないので、その時に考えようと思います。

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日記帳

Posted by アスペ子