ふと思い出した父親の葬式のこと

「死」は、誰にでもいつかはやってくるものです。人によっては、怖い、嫌だ、受け入れるなど、様々な想いが胸にあるでしょう。また考えたこともない人も大勢いると思います。

アスペ子の実父は、アスペ子が結婚して2年目くらいになくなりました。

アスペ子は、結婚してから自分の家族に自分が支配されているような変な感覚になってきていることを感じ始めていました。主人の籍に入ったのにもかかわらず、アスペ子は実家に縛られたままでいたのです。

それがつまりはアダルトチルドレンであり、アスペルガー症候群と並行して、アスペ子に存在していたのです。

そんなアスペ子に、一つの自由がやってきました。それが実父の死でした。

アスペ子の実家から電話が来て、早朝にアスペ子の実家に行きました。主人は、主人の両親を迎えにすぐに東京へ戻りました。

実家に上がると、実父が使用していた布団に亡くなった実父が横たわっていました。アスペ子の感情は何もなく「亡くなったんだ」くらいしか頭に浮かびませんでした。

程なくして、葬儀屋さんがやってきました。アスペ子には、どこの業者で、誰さんなのかもわからない人でしたが、母親と兄はもう段取りをこの業者の人に任せるようにしていたらしく、葬式や葬儀費用の話がどんどん進められていきました。

一応、親族は母親、兄、アスペ子で、喪主は兄なのですが、業者の人が見せてくれる棺や骨壷、祭壇などのパンフレットは、アスペ子の位置から全く見えませんでした。母親は兄にばかり話しかけて、アスペ子の意見は一度も聞いてきませんでした。

ですので、遺体はいつ葬儀会場に運ばれ、通夜・葬儀がどのように執り行われ、といった段取りはさっぱりわかりませんでした。アスペ子は「いいや、別に」と思い、今夜はどこで寝るのかなぁと考えていました。

結局、父親の亡骸のそばで母親とアスペ子は寝ました。アスペ子が2階の母親の部屋で寝ようと思ったら、母親が「一人じゃ嫌だよ、気持ち悪い・・」みたいなことを言うので、仕方なく、母親のそばでウトウトしました。

翌朝、例の葬儀屋がやってきて、父親の亡骸を削ぎ会場へ運んで行きました。父親が置かれていた場所は、ドライアイスの冷たさが残っていて、冷んやりしていました。

そのあとは親戚一同が集まって、話をしたり、色紙に一言書いたり(どうして色紙に言葉を書くのだろうか?)して、通夜の準備をしていました。

アスペ子は親戚、特に父親方の親戚が大の苦手なので、話すことも何もなく、親戚も何も話してこないので、隣の部屋で父親の湯灌の場面を見ていました。(一応、見学させてもらっていいか聞いてから見ていました)

湯灌は後半になっていました。年配の女性と、若い男性の二人でやっていたのですが、アスペ子のような素人から見ても「そのやり方はないだろう」というほど雑なやり方でした。しかも、アスペ子が見ているのにもかかわらず、年配の女性は若い男性を「顎で」使っているような有様。もうちょっと、心配りが欲しいよなぁと思いました。

次は父親に服を着せてお棺に入れるのですが、アスペ子はてっきり、いつも父親が来ていたサムイを着せてあげるのかと思ったら、父親の体の上には真綿が載せられていて、専門の男性が手際よく武士?のような着物風の形を作っていきました。そしてその周りに、サムイや(書道をやっていたので)それ関係のものを入れて終了になりました。

お棺はエレベーターで通夜・葬儀会場に運ばれ、結局、通夜は翌夕、葬儀は翌々日になっていました。葬儀のタイムスケジュールも知らされないまま、アスペ子と主人は「何が何だかわからん」と、苦笑いしました。

通夜、葬儀、初七日と終わり、アスペ子はもう完全に動けなくなり、納骨は主人に言ってもらいました。

それから少しして、実家を訪ねた時に母親が「全く、お父さんのお葬式に300万円以上もかかっちゃったよ」と言いました。

アスペ子は、頭が真っ白というか、開いた口が塞がらないというか、なんでそんなにお金をかけたのか・・なんで葬式ってこんなにお金がかかるの?と思いました。でも、実は、今は葬儀費用もかなり安くなっているそうです。

私と主人は葬式にはお金をかけないと決めているので、もし二人に何かあったらシンプルな葬式で済ませたいと話し合っています。私にとっては父親の葬儀費用がものすごく高い印象を受けたからです。

今から葬式のことなんて考えるのはどうかと思いますが、死はいつかは訪れるものです。「備えあれば憂いなし」ではないですが、葬式のことは事前にきちんと考えておきたいな、と思うアスペ子でした。

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日記帳

Posted by アスペ子