梅雨が明けて、7月も終わりますね

今月が終わると、心療内科に通院し始めて、ちょうど2年になります。

心療内科の先生が処方してくれた薬を飲んで、アドバイスを聞いて実行したりしてきました。

また、主人の助けもあって、家のことも2年前に比べたら、だいぶできるようになりました。主人がいないと、まだまだ一人歩きは出来ませんが(遠出の電車も間々ならないですが)、アスペ子自身は「外へ出たい」と思うようになってきました。

そのためには、心療内科の先生や、主人の了承を得ないといけないのですが、家のすぐ近くではなく、ちょっと歩いたところにあるスーパーには、気軽?に行けそうです。

つまり、「目的を持って行動する」ことがあれば、アスペ子にもできることが増えていくのではないかと思いました。

 

7月を振り返ってみると、食事に関して、とても充実した日々を経験しました。

自宅では、肉野菜炒め、冷しゃぶ、そば、そうめん、ラーメン&おにぎり。外食では、パン屋さんのパン、ラーメン屋さんのラーメン、くるくる回る寿司。本当に贅沢な7月でした。

このまま行くと、生活が破産してしまうので、8月は夏バテにならないように気をつけながら、また以前のように質素な食卓にしていこうと、主人と話し合いました。

それに、8月のお盆過ぎには、義妹たちが台湾料理を食べに来る予定なので、それまでは質素に質素に!

でも、満足のいく食卓になるように、アスペ子も努力しないといけません。

7月に主人と「議論」したことの中に、アスペ子の日常生活のことがありました。

アスペ子は、2年間、処方された薬を飲んで、家の中でジッとしていましたが、それでもやはり主人に迷惑をかけることが多々ありました。

そこで、8月になったら、アスペ子の今後というよりも、今の現状を打破?するために、主人が市の精神福祉課に相談してくれることになりました。

入院のできるところや、通所施設、いろいろあると思います。ただし、心療内科の先生がそのことに対してOKを出すかはわかりません。先生には先生の考えがあるでしょうし、主人にも主人の考えがあるでしょうし、全体的な意見がGOとなった時に、アスペ子は表に出て行きたいと思っています。

そう思ったのは、前々からですが、現在のように前よりも強く思うようになったのは、7月からでした。

何がきっかけだったのか、それはアスペ子にもわからないのですが、強いて言うならば「心と頭のバランスが、多少とれてきたような感じ」がしてきたのです。

アスペ子は、自閉症スペクトラムの中のアスペルガー症候群ですので、自閉の傾向も持ち合わせています。

時々、自分の頭をゲンコツで叩くこともあります。なぜかというと、アスペ子の場合、うまく事が進まなかったり、相手に自分の気持ちが通じなかったりした時に、発作のような感じで出てきてしまいます。

でもこの発作も、処方された薬によって抑えられているようで、最近はほとんどありません。その代わりに、喜怒哀楽が多少、減ってしまったような気持ちになる時があります。

先日、義妹宅へ遊びに行った時も、義妹宅の空間に一人でいるような錯覚になってしまいました。なんでなのかはわかりませんが、アスペ子的には「これがアスペルガー症候群の集団になじめない」ということなのかな?と思いました。

このこともきっかけとなって、もう少し、同じ障害を持った人たちと接したり、会話ができなくても同じ空間にいることを体験すれば、アスペ子に何かが見えてくるような、感じられるような気がしました、

主人と離れ離れになる可能性が高いわけですが、それは「ヤマアラシのジレンマ」(姪っ子の受け売り)に似たものであって、今後のこと、これから長い長い先のことを考えたら、今がチャンスなのかなと、アスペ子は感じました。

 

ヤマアラシのジレンマ

2010.08.17 Tuesday 心理学ぽい話 06:04 comments(0) trackbacks(0) – by shimodamakoto

心理学の用語に「ヤマアラシのジレンマ(またはヤマアラシ・ジレンマ、ヤマアラシは山アラシと書く人もいます)」という言葉があります。Wikipediaには哲学用語として下記のような記述があります。

『ヤマアラシのジレンマ』とは「自己の自立」と「相手との一体感」という2つの欲求によるジレンマ。寒空にいる2匹のヤマアラシがお互いに身を寄せ合って暖め合いたいが、針が刺さるので近づけないという、ドイツの哲学者、ショーペンハウアーの寓話による。但し、心理学的には、上述の否定的な意味と「紆余曲折の末、両者にとってちょうど良い距離に気付く」という肯定的な意味として使われることもあり、両義的な用例が許されている点に注意が必要である。

なお、実際のヤマアラシは針のない頭部を寄せ合って体温を保ったり、睡眠をとっている。とあります。

フロイトはこの寓話を精神分析の説明に応用しました。それは人と人との間にある愛と憎しみのアンビバレントな関係性についての説明でした(映画「愛と憎しみの疑惑」、原題は「ファイナル・アナリシス」ですが、はここにちなむ命名でしょう)。

これは、互いに親密になりたいのに、相手との距離が近づけば近づくほど、お互いのエゴがぶつかりあうようになるというもので、のちにアメリカの精神分析医レオポルド・ベラックは、親子間、夫婦間、恋人間などに発見されるこのような葛藤を「ヤマアラシのジレンマ」と名づけました。

引用 現代心理学研究会 http://psyche2009.jugem.jp/?eid=248

 

アスペ子は、まさに今、この状態になりつつあるのかなと思いました。元から主人に対して「依存」が高かったので、主人はもがき苦しんでカサンドラ症候群になってしまいました。

一つ屋根の下にも、個々の生活があるんだという実感がアスペ子の気持ちの中には、深く根付いていなかったのだと思います。

来月、8月になったら、また主人にいろいろと面倒をかけてしまいますが、これから先の目標に向かって、お互いにできることを一生懸命努力していこうと、アスペ子は決心しました。

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日記帳

Posted by アスペ子