アスペルガーだというわけではないが

禁煙を始めて数ヶ月。順調に進んでいたのですが、結局、禁煙はしないことにしました。

「なんだ〜ダメだったのか」と笑い者になってしまいますが、理由は集中力の問題でした。主人と話し合いを行った結果、主人の仕事のペースが乱れに乱れてしまい、仕事の時と食後はタバコを吸うことに決めました。

アスペ子も賛成でした。

頓服と同じように、タバコを吸うことによって心が落ち着く時が多いのです。言い訳になってしまいますが、以前は20本は吸っていたタバコも、今は多くて3本。それ以上は吸えなくなっているアスペ子です。

完全禁煙はできませんでしたが、吸いたい時にほんの少し吸って、残りはハサミで火元を切ってまた後で吸うようにしています。

こうすることができるのも、ナチュラルアメリカンスピリットだからなのです。しかも、残しておくことによって、吸いたい時に吸い、吸いたくなければ吸わないということもできます。

主人は結婚前からヘビースモーカーで、仕事にはタバコがつきものでした。惰性で吸っている時もあったようですが、最近は気持ちの切り替えなどの時に吸うだけになり、吸う本数も2桁いかなくなりました。

アスペ子は、結婚前から吸っていた時はなんとなく惰性で吸っていて、特に好きとか嫌いとか考えて吸っていませんでした。アスペルガー症候群だからなのかわかりませんが、なんとなくという曖昧な気持ちでした。

アスペ子の喫煙は結婚してからも同じでしたが、禁煙を決めてからはタバコに対して興味がなくなりました。月にかかるタバコ代もバカにならないし、その分、美味しいものを食べた方がずっと良いと思ったのです。

主人もやめようと決めたらすぐにやめられました。しかし、頭を使う仕事なので、休憩しないと頭の回転が悪くなっていたようで、ガムや飴では対処できないようでした。

そこで、二人で話し合い、吸いたい時(気分転換、仕事の区切りがついた時、食後など)は吸うことにしました。そして、吸う場所は「キッチンの換気扇の下」と決めました。そうすることによって、惰性で吸わなくなりますし、タバコ代もずっと安く済むので、一石二鳥です。

今までアスペ子は何事に対しても「惰性」で生きてきたような気がします。それは家庭環境であったり、アスペルガー症候群であったりしているわけですが、最近は、約2年ぶりに始まった月経も関係しているような気がします。

なぜならば、今、アスペ子の中で大問題となっているのが過食だからです。以前から月経前は過食になりがちでしたが、今はそれに拍車がかかってしまっているようで、自分では抑えきれない時があります。

昼食から夕食までの間がもたず、何かしらの食べ物を口にしています。(スナック菓子は食べません)

昼食や夕食を食べた瞬間から、もうお腹が減ってしまっています。心療内科の先生は「もっと太った方が良いね」というので、過食に対して相談してもアスペ子が納得するような答えが出てくるとは思えない状況です。

結局、お腹が空いたらタバコを吸ったりするのですが、もう、少量のタバコに慣れてしまっているので、タバコが吸えなかったり、美味しいと思えなかったりしています。

ただ、禁煙したまま出来ていたら、もっとストレスが溜まってしまっていたと思われるので、少量でもタバコを吸うことに予定変更したことは良かったと思っています。

アスペ子のタバコを吸う特徴は、寝起きです。朝起きたらなるべく我慢はしますが、タバコを吸います。昼寝の後もタバコを吸います。あとは、まったくではありませんがほとんど吸っていないので、1日3本あれば事は足りてしまいます。

また、タバコ依存にもなっていないということは幸いです。世の中にはアルコール依存、〇〇依存といったように、依存することによって、心の安定を保つ人もいます。

アスペ子の場合は、以前は今よりもずっと主人に依存していましたが、最近はお互いに集中してやることがたくさんあるので、アスペ子の主人に対しての依存度はかなり減りました。

話の方向がそれてしまいますが、アスペ子の父親はアルコール依存症でした。

兆候がで始めたのは、瓶ビールに焼酎を混ぜて飲み始めた頃です。アスペ子はあえてなんでそういう飲み方をするのかは聞きませんでしたが、多分、ビールだけでは物足りなかったのだと思います。焼酎だけでは飲みづらいので、ビールを飲んでそのあと焼酎を混ぜて飲みやすくしていたのでしょう。

そこからが父親の顛末の始まりでした。

誰も注意する家族がいなかったため、飲む量がどんどん増えていき、アルコール分が体に残ったまま車を運転し始めました。

アスペ子は「今の母親」に何度も「父親から車の鍵をとって、隠しておいたほうが良いよ。自損事故で死んでもいいけど、他人を巻き込んだらおしまいだよ」と言いました。「今の母親」は父親の見方でしたので、しばらくはそのまま父親に車の鍵を渡していましたが、父親が自損事故を起こしてからは車の鍵を隠しました。

父親も観念したのか、車を運転できなくなってからは、家のそばのコンビニに行って、あんまんとお酒を買ってくるようになりました。「今の母親」の機嫌をとるためにあんまんを買い、自分のためにお酒を買ってくるのです。

しかし、そんな生活で体がもつわけがありません。アルコールしか体に入っていない父親は、前立腺ガンで入院し、そこの主治医から「精神的な病気(うつ状態など)があるので、精神薬も服用してもらうようにします」と言われました。

退院した父親は、またお酒を飲み始めました。その時には明るい部屋にいることができず、シャッターを下ろし、暗い部屋にいるようになりました。そして動悸が始まり、再検査を大きな病院で行ったところ、気管支の奥の方に癌が見つかりました。

主治医も組織を取ってみないと対処法や良性・悪性がわからないので、本人に告知してくださいといってきたのですが、今の母親が「それはできない」と誇示し、主治医が「今の時代、告知しないことのほうが本人にも良いですよ」と何度も言ったのですが、結局、「今の母親」の意見が押し通され、病院からも見捨てられ、父親は何のガンかわからずじまいで亡くなりました。(もちろん「今の母親」の意見で、司法解剖もしませんでした。父親の死因はガンだったということだけで、本当の意味での死因は謎のままです)

だいぶ、話が逸れてしまいましたが、依存というのは本当に怖いものです。

アスペ子がアスペルガー症候群だとわからない時の主人に対する依存は普通ではありませんでした。何でもかんでも主人に頼り、逆に主人を窮地に追い込んだり、異常な依存でした。

アスペ子がアスペルガー症候群とわかってからも、主人に対する依存は続きましたが、心療内科や処方された薬によってだいぶ改善され、今ではなんとか普通に近い夫婦でいることができるようになりました。

それでもたまに、アスペ子がわがままを言って主人を困らせることがありますが、「わがままを言っている」とアスペ子自身もわかって言っている(言ってしまっている)ことがほとんどなので、この点はアスペ子が気持ちを強く持って直していかなければいけない部分です。

禁煙がもたらした、新しいタバコの吸い方。今現在、順調に生活できています。

そして、主人がキッチンで一服している時にアスペ子も一服したり、洗い物をしたりして、新たなコミュニケーションの場が生まれたことも嬉しいことの一つです。

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日記帳

Posted by アスペ子