あっという間の2月だった

気がつけば、もう2月の末。アスペ子は2月には何をやっていたのだろうかと考えてしまいました。

主人は仕事を頑張っていたし、義妹も甥っ子も一生懸命生きていましたし、我が家の魚たちも元気いっぱいでした。

では、アスペ子は?どうだったのかなと振り返ってみると、上旬はモガイテ失敗したりして、中旬はうつ状態がほとんどで、下旬は何だか不思議と上向いていきました。

それは主人も感じていることのようで「下旬は苦しいけど、何とか来月に繋がっているね」と言っていました。アスペ子も同感で、下旬になればなるほど元気が出てきて、ハツラツとしていたように感じました。とても不思議なことです。

どこかで見たことわざにもあるように、如月は早く過ぎるようです。もうあっという間に3月です。

2月というのはあまり良い月ではないようです。特に結婚してからの2月は良い月だったことが全くありませんでした。

まずは新婚旅行が2月でした。

主人もアスペ子も知らない間に段取りがされていて、アスペ子にも好みというものがありますので「ウエディングドレスがこういう感じのがいいなぁ」と思っていたら、叔母(年齢はアスペ子と同じくらい)のウエディングドレスを着ることになっていて、主人は共催のレンタル礼服になっていました。

泊まったホテルも窓からは隣のホテルが見えるだけなのでカーテンが開けられず、式も段取りが出来ていたのでそのままやって、小さな宴会をやって終わりでした。でも、まぁ、新婚旅行に行けただけ感謝しています。自分達だったら行けずに終わっていたと思いますので、いろいろ段取りをしてくれた親戚に感謝です。(が、物足りない、何かが抜けた新婚旅行でした)

2月は比較的、アスペ子のうつ状態がひどくなります。今までそのために、パートの仕事を辞めたり、家庭内が崩壊寸前になっていました。主人の仕事が上向かず、アスペ子はアスペ子のせいだと思わずに、主人を責めてばかりいました。

近くに親友や、気軽に話ができる人がいればよかったのですが、アスペルガー症候群のアスペ子のことですから、そういう人は皆無ですし、嫁ぎ先には幼友達もいませんし、子供がいないので子供関係の母親友達もいませんでした。

唯一、義妹がいましたが・・その頃、今から10年前頃は今のように気心が知れていなかったので、話はあまりできませんでした。(義妹とはアスペ子がアスペルガー症候群のことがわかった頃あたりから話せるようになりました。お互いに話しのきっかけがつかめなかっただけでした)

アスペ子にとって2月というのは、温かいなと思ったら急に寒くなって、体の代謝がついてこない月です。特に寒い日が続くと、頭痛、疲労感、代謝の低下がひどくなります。その対策として、鍋物を食べたり、貼るホッカイロを朝から貼ったり、お風呂の温度を上げたり、夜などは唯一ホットカーペットがある場所で仕事をしている主人に毛布を被ってくっついたり、いろいろやっているアスペ子です。

いろいろやった結果、一番暖かいのは、布団乾燥機をかけた布団に潜り込んで寝てしまうことだと、最近気がつきました。これに勝るものはありません!って、知らなかったのはアスペ子だけだったのかも・・

あとは、亡くなったアスペ子の実父の誕生日が2月の中旬始めでした。

今思い出しても、実父に何かプレゼントをしたことってあったかなと、考えても考えても出てきません。唯一、当時、実父がうんちくを垂れていた木の「ペーパーナイフとスプーンのような物」を送ったことを思い出しました。

このペーパーナイフは、実父にあげたくないほどアスペ子は気に入ってしまい、あげるのをやめようかと思うほど綺麗で素敵な木目のペーパーナイフでした。実父は「ありがとう」と言ってガラスの戸棚に入れて、一度も使いませんでした。使わないなら、真面目にペーパーナイフはアスペ子が欲しかったです。卑しいアスペ子ですね・・

2月が苦しかった分、3月は上旬から忙しくなりそうです。義妹の引っ越しの手伝い、アパートの軒先の工事、そして主人の仕事。買い出しもあるし、本当に忙しいことは嬉しいことです。

ただし、アスペ子の場合はノンビリゆっくり慌てずにをモットーに、今年の3月を楽しもうと思います。

あと2日、苦しんで苦しんで、ヒモジクいって、頑張った気持ちを持って3月に突入です!

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日記帳

Posted by アスペ子