正月明けの献立を考える

正月気分も抜けて、通常の生活になり始めました。

アスペ子は正月中は寝坊が多かったのですが、今はきちんと早起きをして掃除、洗濯、魚たちの餌やりをしています。体がいつものパターンに戻って気持ちもシャキッとします。

ただ唯一、アスペ子の困ったことは毎日の献立を考えることです。

正月はお節料理や、お雑煮、お赤飯などを毎日食べていたので、用意をすることも少なかったのですが、通常の生活になるとそうはいきません。

 

献立を考えることは計画性がないからなのか?

通常の献立は、まずは家にある食材を使っての献立です。

パスタやお餅、もち米、カレールー・・・いろいろあるのですが、どれをどのように組み立てていけば良いのか即座に頭に浮かびません。そういう時は主人がアドバイスをしてくれて、なんとか献立が出来上がります。

それでも一日経つと、これはこの日が良いのではないか?と思ってみたり、この献立が続くからこの日と入れ替えようとなって、結局、当初の献立と変わってしまいます。それが良いのか悪いのかの判断が、主人に献立表を見せるまで、アスペ子には判断できません。

中学生の頃、高校受験に向けて一日の勉強のスケジュール表を作ったことがありました。アスペ子は「これならできそうだ」と思ってやり始めたのですが、日が経つにつれて全くスケジュール表通りにできなくなってしまいました。

アスペ子自身はやっていたのですが、頭の回転が悪いので、1問を解くのに時間がかかってしまい、そのズレがどんどん溜まっていってしまったのでした。スケジュール表に詰め込みすぎた結果です。

こんなこともありました。

歴史の年表を模造紙何枚にも書いて、壁に貼り付けました。机からちょっと横を向けばすぐに年代と出来事がわかるようになっていたので、勉強がはかどると思っていました。

ところが、いざ歴史年表を書き終えたアスペ子は、それで大満足してしまい、書き終えて壁に貼っただけで見ることは一度もありませんでした。

書いたから頭には入ったのかといえば、そんなことはなく、アスペ子にしてみると「書き終えることができた」という満足感(達成感)でいっぱいになってしまったのです。

このように「あること」に満足感(達成感)を感じてしまうと、アスペ子は最後の目標まで到達できない傾向にあります。

唯一の例外は、中学生と高校生の時に通信教育の教材を買っていたのですが、あまりにも難しい問題ばかりだったので、内容すら見たことがなく溜まっていく一方でした。

さすがにお金の無駄だよなと思ったアスペ子は、テスト問題だけをやりまくりました。採点すると、なんだか良い点数が取れて、嬉しくなったアスペ子は毎日毎日、そのテスト問題ばかりやって、なんとか高校受験に成功しました。

でもその先が問題でした。高校は中学と違ってどの分野も難しく感じ、アスペ子の勉強も身が入らなくなりました。高校受験に受かったという満足感(達成感)で終わってしまったのです。

それからは、高校のテストで赤点をとろうが、通知表が悪かろうが、なんとも思わなくなってしまったアスペ子でした。

両親は何か言っていたと思うのですが、アスペ子の頭の中にはその時の記憶は全くありません。ただ聞くふりをして頭の中では、マンガ本を読みたいとか、お年玉で買ったステレオでレコードを聴きたいとか、そんなことを考えていたと思います。

結婚後は、それこそアスペルガー症候群が出まくりで、特に「こだわり」が強かったです。

主人が「白いご飯と、肉が好き」と聞いたアスペ子は、家の近くの小さなスーパーで、毎日、豚の細切れ肉を500グラム近く購入し、焼肉や生姜焼き、冷しゃぶにして食卓に出していました。

食べ物に対して何も言わない主人は(出されたものはもったいないから全部食べる主義)、本当に何も言わずに食べてくれました。アスペ子もこの頃は大食漢でしたので、500グラムの肉はあっという間になくなりました。

釣り好きだった主人の影響でアスペ子も同行していた時などは「ドカ弁」と称した「おかかご飯」(米の上に醤油をまぶした鰹節の段重ね)を我が家で一番大きなタッパーに入れて持って行きました。

一緒に釣りに行った人は目が飛び出していましたが・・・ドカ弁とカップ麺で朝と昼を兼用して、夕方暗くなる頃に終了というパターンがしばらく続きました。

今思うと、もう少し彩り豊かなお弁当の方が良かったなと反省しています。

でも本当にアスペ子は献立を考える能力が低いです。あれやこれやとスーパーで購入するくせに、献立が決まらないというのはどうしてなのか?やっぱり障害から来ているのでしょう。

購入することで満足してしまい、その先の献立=想像力がないのです。だからアスペ子が「好きだ、食べたい」と思ったものは毎日でも食卓に並びます。それしか頭に浮かばない+美味しいと思うアスペ子の味覚が重なってしまうからです。

この時には主人が飽きてきてしまっただろうなという、相手を思う気持ちはどこかへ行ってしまい、自分が自分がの世界の中で満足しています。

決して、主人の嫌いなものを出すということではなく、アスペ子も我慢する時もありますが、食欲というのは恐ろしいもので、食べられないと思うと余計食べたくなってしまいます。

ただ最近気づいたのですが、皆が皆、そうなのかはわかりませんが、アスペ子の場合「ピザが食べたい」と昨年の秋頃からずっと思って(言って)いました。

食べる機会がなかなかなく、年末にも食べられなくていたのですが、今年に入って主人が「3月あたりにピザを買ってあげるよ」と言われた時に、アスペ子は「もうピザはいいんだ。食べたいと思い続けていたら食べたくなくなっちゃった。その代わりチーズとピーナッツが食べたいなぁ」と言いました。食べたい物の対象が変わったのです。おかしいですね。

今週は、質素ですがバラエティに富んだ献立で行く予定です。幸い、お米と味噌は備蓄しているので大丈夫そうです。それに正月太りのダイエットにもなるし、一石二鳥です。

一月中旬からの献立は・・・それはその時になってから考えます。今から考えても頭が痛くなって頓服のお世話になるだけです。それにしても、献立がパパっと決まるような頭になりたいなと思うアスペ子です。

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日記帳

Posted by アスペ子