本当の七草粥は食べたことがない

アスペ子は幼少期から現在に至るまで、本当の七草粥を食べたことがありません。

アスペ子が幼少期の頃には七草を集めることが困難だったのだと思います。

今では普通にスーパーなどで七草粥セットなるものが売られているので、簡単に作れますが、値段が高いので買ったことがありません。結婚してからは特に七草粥を意識していなかったので、普通の食事を食べています。

 

七草がゆはどんな味?

幼少期の頃は、七草粥ではなく、菜っ葉の入ったおじやでした。

アスペ子の実家では父親の意向が強く、おかゆは全くと言って良いほど食べませんでした。母親はおかゆが好きだったようですが、父親に逆らえないので、何かと言うとおじやでした。

必然的にアスペ子もおかゆよりおじやが好きになり、今でもおかゆよりおじやの方が好きです。多分、父親のおかゆ嫌いは第二次世界大戦が影響していると思います。

当時の食糧は米が食べられれば御の字。農家をしていた父親の実家では汁気の多いおかゆがメインだったと思われます。米がない時はサツマイモを食べていたようです。

アスペ子が幼少期、母親と焼き芋を美味しい美味しいと言って食べていた時に、父親は絶対に食べませんでした。おかゆとサツマイモは第二次世界大戦を思い出したり、その時の食糧だったりで、もう食べたくないらしいと母親が教えてくれました。

そんな経緯もあり、七草粥の時は、菜っ葉入りのおじやが食卓に出ました。

アスペ子はおじやが好きなので特に嫌ではなかったですが、学校に行くと皆が「朝は七草粥を食べてきたよ〜」と会話していることに対して、疎外感を感じていたアスペ子でした。

結婚後は主人が白いご飯が好きなので、おかゆもおじやも食べなくなりました。時々、炊き込みごはんを作るくらいで、ほとんど白いご飯です。

40歳を過ぎた頃からは、白米に麦を入れて食べています。白米だけのご飯が胃にキツくなってきたのです。麦を入れるようになってから、ご飯が食べやすくなりました。

おじや好きのアスペ子は時々、おじやが無性に食べたくなることがあります。

食べたくて食べたくてどうしようもなくなってしまいます。そういう時は、主人に炊きたてのご飯をよそい、アスペ子は冷凍しておいた残りのご飯でおじやを作って食べます。

入れるものはシンプルに粉末出汁と醤油の時もあれば、粉末出汁と醤油と溶き卵の時もあります。ちょっとのご飯でお腹も脳みそも満足するので、アスペ子にとっては良い食べ物だと思います。

おかゆで思い出したのですが、3度目の引越しをした時、働いていた運動クラブが夏期休暇になった時に、アスペ子は大腸憩室になりましたが、退院した日、なんと主人が「中華粥」を作っておいてくれました。

話を聞くと、ネットで作り方を調べ、二日がかりで作ったそうです。アスペ子は主人が炊飯器を使って中華粥を作ってくれるなんて思ってもみなかったので、感謝の前に、ただただビックリしてしまいました。

早速、食べてみると・・美味しい!の一言でした。冷蔵庫にチマキ用に買って、余った干しエビがあったので、それを入れたとのこと。

それまでおかゆはどちらかというと苦手だったアスペ子は、この中華粥を食べて一気におかゆが好きになりました。

一粒一粒の米が花が開いたようになると上手くできた証拠らしいのですが、ちゃんと花が開いていました。

大腸憩室になったアスペ子は、約20日間、絶食状態でしたから、最初はおかゆからと考えてくれた主人に感謝でした。「また作ってね」とお願いしたら「気が向いたらね」と答えた主人。未だに作ってくれません・・・

余談ですが、この季節になると、アスペ子は幼少期を思い出します。

厳格だった父親、父親に従う(良い意味では信頼している)母親、いつも父親に怒られて反抗していた兄、そして、父親のいいなりになっていたアスペ子。決して笑顔が溢れる家庭ではなかったアスペ子の家。

唯一、アスペ子の楽しみは、近所をうろつく野良猫たちでした。たまに、アスペ子宅の窓の桟に来てはおこぼれをもらっていた野良猫たち。夕ご飯を終えた後、外に出ると家の周りで毛づくろいをしていた野良猫たちは、アスペ子にとっての話し相手でした。

「今日はね、こんなことがあったよ」

「もう家に入るからまたね」

などと野良猫相手に話をしていたアスペ子でした。

野良猫たちは、近所のアパートで飼われて捨てられた猫や、勝手に増えていった猫たちでした。どういうわけか、アスペ子宅には野良猫が集まってくるようで、いつも不思議に思っていました。

でもある話を聞いてアスペ子はなんとなく理由がわかりました。

アスペ子が生まれる前に、亡くなった兄が生まれた時に、アスペ子宅ではとても賢い猫を飼っていたそうです。父親の車が家に近づくと、門の上で帰宅を待っていたりしたそうです。

そして兄は1歳くらいの時に亡くなりました。その約3〜4年後にアスペ子を母親が身ごもりました。

父親は何かあっては大変と思ったようで、その賢い猫を親戚の家に引き取ってもらうことにしたそうです。親戚宅から父親が帰ろうと車で出発したら、賢い猫は父親を追いかけてきたそうです。

しかしその時、賢い猫には子猫がいて、しばらく父親の車を追いかけたそうですが、諦めたのか子猫の元に引き返したそうです。

アスペ子はその話を聞いた時「なんて残酷な父親なんだ」と思いました。アスペ子が生まれるがために、賢い猫に悲しい思いをさせたなんて、畜生のすることだとさえ思いました。それ以来、ますます父親から遠ざかったアスペ子です。

だからか、(妄想も入っていますが)賢い猫がアスペ子の家が寂しくならないように、猫を呼んでいるのではないかと思うようになりました。

アスペ子は猫が好きです。付かず離れず、お互いに距離を保つことができるからです。

今でも思うのは、会うことのできなかった賢い猫に会ってみたかったな・・・アスペ子が生まれてきたために悲しい思いをさせてごめんねと、今でも心の中に悲しい気持ちがあるアスペ子です。

日記帳

Posted by アスペ子