アスペルガー症候群と知った2015年

2015年7月、大人の発達障害専門の病院に行きました。

心療内科の先生に紹介状を書いてもらい、電車を乗り継いで、アスペ子にしては初めての場所や乗り継ぎでしたが、頭の中は病院のことでいっぱいだったのと、主人が一緒だったのとで、パニックを起こすことなく行くことができました。

アスペ子が大人の発達障害専門の病院に行く目的は明確で「障害があるのか、あればどんな障害なのか、その障害名はなんなのか」ということでした。

心療内科の先生にもそのことを伝えていたので、先生が書いてくれた紹介状にもその旨が書かれていたと思います。

 

アスペルガー症候群との出会い

めて行った大人の発達障害専門の病院は、大きなビルのワンフロアで、外から見ると雑居ビルのような感じでしたが、病院の入り口から中に入るとそこは別世界のようにキレイで明るくて、アスペ子は違う世界に入ったような感覚でした。

受付の人も制服を着て、心療内科の受付の人とは全く違う印象でした。

受付を済ませ、奥の待合室で待っていてくださいと言われ行ってみると、そこには椅子が整然と並べられていて、液晶テレビが何かの番組を映していました。

待合室には親子のような感じの人が二人いて、先生に呼ばれて診察室に入って行きました。

アスペ子が、ボ〜ッとテレビを見ていると、女性の臨床検査技士の人に呼ばれ、主人が同席しても良いということだったので、主人と一緒に入りました。

その部屋は会議をするような普通の部屋で、まず質問から入りました。

実を言うと、今年の7月のことなのにアスペ子は何を質問されたのか、問診票に何を書いたのか、全く覚えていません。唯一覚えていることは、一つの質問に対して、アスペ子が延々と何かを話していたことくらいです。

アスペ子が問診票に記入していた時に、臨床検査技師の人は、主人にもいろいろ質問をしていたようで、主人も家庭や家庭外での出来事、アスペ子から聞いた幼少期のこと、主人がアスペ子の両親に会って感じたことなどを話していました。

アスペ子は正直、これくらいのことで障害の有無がわかるのかな?と疑問を持ちましたが、相手はプロの方ですし、紹介状も読んでいるはずなので、信頼してアスペ子の本音を言いました。

時間にして1時間15分くらいかかってしまいましたが、無事に終わり、問診票や聞いたことをまとめてデータにして先生に渡すので、少し時間がかかると思うけれど、また同じ待合室で待っているように言われ、部屋を出ました。

しばらくすると先生から呼ばれ、診察室に入りました。先生はまだ若い感じで、以前は産業医として働いていたそうです。

穏やかな話口でしたが、診察時間に限りがあるので話し言葉が早く、アスペ子の耳と頭では聞き取れないことばかりでしたが、主人がしっかり聞いてくれたのでとても助かりました。

先生は最初に

「診断名が知りたいということでいらっしゃったのですよね。心療内科の先生の紹介状もとてもよく書かれているので助かりました。診断名は中程度のアスペルガー症候群です。チェックシートを見るとパーフェクトですね。あと、ADHDがほんのちょっとあります」

と言いました。

アスペ子は「やっぱりそうなのか・・」と思っただけで、そのあと先生が話したことは全く覚えていません。聞き取れなかったのです。

でも主人が「うんうん」という感じで頷いていたので、主人には先生の話したことが伝わっていました。

最後に先生が「あと5分、時間がありますが何か質問があれば聞きますよ」と言いました。アスペ子は咄嗟のことに対応できないので困っていたら、主人が「障害者手帳は取れるか」と質問していました。

「他に何かありますか?」と言われ、アスペ子は何か言ったのですが、それも何を言ったのか、先生が何と答えたのか覚えていません。

そして、最後に先生が「家からここまで遠いので、受診は今日だけにして、また何かあったら再診で私の診察日を予約してくださいね」と言って診察が終わりました。

家に帰り「やっぱりアスペルガー症候群だったね」と、主人と話はしましたが、その大変さはアスペ子は実感していませんでした。ただ漠然と「アスペルガー症候群だったんだ〜」という気持ちだけでした。

実際、アスペルガー症候群とはなんぞや?と考えた事もなかったので「アスペ子は障害者だ」くらいにしか捉えられませんでした。

大人の発達障害の専門病院を受診してから約1ヶ月が過ぎた頃、主人が時間のあるときに趣味のブログを始めました。

その頃のアスペ子は、毎日ただボ〜ッと過していました。

主人はそんなアスペ子を見かねてか「アスペルガー症候群に関するブログを始めてみれば?」と提案してくれました。

アスペ子は少し考えました。

「そういえば、アスペルガー症候群と診断されたけど、心療内科の先生はアスペルガー症候群の話は全くしないよな。二次障害を治すことだけに絞って治療してくれているよな。本を買って読みなさいとも言ってたし・・上手く書けるかどうかわからないけど、アスペ子自身のことを知るためにもブログは良いきっかけになるかもしれないな」

と思い、このブログを始めました。

今年は毎日更新を目指そうと書き始めたブログですが、書けば書くほど、調べれば調べるほど、アスペ子の障害のことがわかってきて、嬉しかったのと同時に怖くなりました。

まだ解明されていないとか、これからも変化していくことがあるとか、一番苦しかったことは、一生治らないということでした。

つまり、広汎性発達障害の自閉症スペクトラムの中の中程度のアスペルガー症候群と注意欠如・多動性障害を持っているアスペ子は、この障害と一生付き合っていくということです。

健常者ではない、普通の考えができない、一人で行動することができない、突発的なことに弱い、不器用・・など、頭が空っぽの状態で生きている感覚です。

でも、大人の発達障害の専門病院の先生に診断名を聞いて良かったと思っています。何も知らないで主人とともに苦しむよりは「障害があるから、こういう現象が起こる。二次障害も出る」という心構えができたからです。前もって予測もできます。

主人も、最近はアスペ子のことを以前ほど気にしなくなってきていると言っていたし、気になる時は「障害だからと割り切るしかない」とも言っていました。他人がそう言うと嫌味に聞こえますが、主人と二人で生活しているのですから、アスペ子も「そりゃそうだよな」と割り切れます。

大人の発達障害の専門病院に行ってから、いろいろなことがあり「家庭が円満になるには、お互いに割り切るところは割り切り、毎日を笑顔で過ごすこと」だと、アスペ子はそう思うようになりました。

それはやはり診断名を知ったことが大きかったと思います。

そして「笑顔が一番!」とも思えるようになったアスペ子でした。

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日記帳

Posted by アスペ子