ごめんねの一言が変えた

アスペ子は小学生の頃「ごめんね」と相手(人)に言ったことがありませんでした。

言わなかった理由は、強いて言うならば「ごめんね」という言葉を言うことに恥ずかしさがあったことと、「ごめんね」の意味がわからなかったことが挙げられます。

つまり、アスペ子自身が言えたのは最初の「ご・・・」だけでした。その先は出なかった状態です。

 

たった一言の言葉が出ないんだなぁ・・・

冒頭にも書きましたが、「ごめんね」が言えなかった理由は、恥ずかしかった他に、どうしても口(喉)から言葉が出てこなかったとか、「ごめんね」の意味がアスペ子にはよくわからなかったということがあります。

クラスの皆んなが「〇〇ちゃん、ごめんね」と言っているのを聞いていたアスペ子でしたが、アスペ子の頭の中には何も言葉が浮かびませんでした。

アスペ子はそもそも、謝るという行為が苦手だったのでしょう。言い換えれば、プライドが高かったとも言えます。それプラス、家庭で両親に「ごめんなさい」と言った記憶がありません。異常ですね。それくらい両親、特に父親に縛られて育てられてきたということだと思います。

そんなアスペ子が初めて「ごめんね」と言ったのは、(記憶がなくてとても曖昧ですが)小学生の高学年の時に、何か友人にしてしまった時でした。

その時に「〇〇ちゃん、ごめんね」と言いました。

そう言った時のアスペ子の気持ちは、今でもとてもよく記憶に残っています。「あぁ、ごめんねって言ってしまうと、すごく楽な気持ちになれるんだ〜」です。相手に対して本当に心底「ごめんね」と謝ったことよりも、「ごめんね」を言えば自分が楽になれることを知りました。

それ以来、事あるごとに「ごめんね」を連発していたアスペ子です。「ごめんね」を言えば許してもらえる、丸く収まる、スッキリするなど、自分ありきの考えで言っていました。

今思うと、アスペ子が「ごめんね」と言ってきた相手に対して、本当に申し訳ない謝り方をしてきたなと、猛省しています。

傷ついている相手に心にもない謝り方をしてきたアスペ子。言われた相手は、もしかしたらその傷が原因で、今もトラウマになっているかもしれません。

いくら、当時、アスペ子がアスペルガー症候群だとわからなかったと言っても、人としてしてはいけないことをしていたと痛感しています。

だからか、結婚してから主人に「ごめんね」と言っても許してもらえなかったことがたくさんあります。それは入籍初日からありました。

入籍初日にアスペ子の両親が温泉に一緒に行く計画を立てていました。主人は年末から扁桃腺が腫れて高熱を出し、病院で点滴を打って年越しをしました。

その主人にアスペ子は、一緒に行って欲しいとお願いしました。幸い、主人も治りかけだったので体は本調子ではありませんでしたが、何事もなく行って来られ、帰宅できました。アスペ子は「無理させてごめんね」と言ったら、主人は無言でした。

今なら両親にキャンセルを言えますが、当時はいくら結婚したと言っても、アスペ子はまだ両親の言いなりだったので、主人(自分の家庭)よりも両親を優先させてしまったのです。

その他にも、アスペ子が忘れてしまっていることが山ほどあります。主人にアスペ子が「ごめんね」と言うことに対して許してくれることは、極々最近の話です。つまり、この10数年間はアスペ子が謝っても主人は納得していないか、許していないかなのです。

元をただせば「ごめんねって言ってしまうとすごく楽な気持ちになれるんだ」と最初に思ってしまったアスペ子の責任です。言霊が自分に返ってきていた約10数年間だったと、今は理解しています。

「ごめんね」の他にアスペ子がよくわからない言葉で「思いやり」があります。

よく「相手の気持ちを考えて、思いやりを持って」と言いますが、アスペ子は小学生の頃に父親に言われて以来、全く理解できない言葉でした。

今でも「思いやり」はアスペ子にとって難しい言葉です。インターネットで検索しても、いろいろなことが羅列されていて、「これ」といったものがないのが実情です。多分、道徳的な言葉だから答えがないのかなと思いました。

ということは、意味を考えても正解のないものなのかもしれません。つまり「思いやり」は人それぞれ、様々な形で現れることを指すということでしょうか。

結婚当初からアスペ子がアスペルガー症候群とわかるまで、アスペ子は主人に対して心のどこかに穴が空いていました。笑顔のあまりない家庭で、喧嘩もしょっちゅうしていたような気がします。

それがアスペ子自身が、アスペルガー症候群とわかってから、主人に対する接し方が変化したように思います。

多分、アスペ子なりの主人に対する「思いやり」ができてきたからだと思います。アスペ子の主人に対する「思いやり」は「無償の心」のような感じです。

今まで見返りを要求し過ぎていたアスペ子ですが、今日に至るまで、いろいろと苦しみながら動いてくれた主人に対して、そして今も忙しい中でも楽しい生活にしようとしてくれているのも、拒食気味のアスペ子に美味しいものを食べさせたいと思ってくれていることも、主人のアスペ子に対する「思いやり」であって、アスペ子はそんな主人に対して「思いやり」で接する。

新婚当初からそうやってこれれば、今の生活はガラリと変わっていたでしょう。

でもアスペ子はこの10数年間は無駄だったと思いたくないので、これから一生懸命(もちろん焦らず)いろいろなことを学び、上手くアスペルガー症候群と付き合って、主人に対して「思いやり」を持って接していきたいなと思います。

主人だけに限らず、世の中には人間がたくさんいます。すべての人に「思いやり」を持つのは不可能ですが、少なくとも義妹にはとてもお世話になっているので「思いやり」の気持ちを忘れずに共に生きていきたいと思っています。

遠くには親友が二人います。この二人にもアスペ子は何度となく助けられてきました。「お互いに遠く離れていても、いつまでも友達だからね」と言ってくれた二人に対して、アスペ子は何ができるのか、どう「思いやり」を持てば良いのか、実はまだ考え中です。

アスペ子の頭の中は、2つのことをいっぺんに出来ないようになっているので、ゆっくりと考えていこうと思います。

アスペ子を変えた「ごめんね」という言葉。

今はこの言葉の真意を知ることができたことに感謝しています。

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日記帳

Posted by アスペ子