喜怒哀楽がなくても

アスペ子には結婚前には、ほとんど喜怒哀楽がありませんでした。結婚して、主人や義妹と接するようになって、やっと喜怒哀楽というものがわかってきました。

楽しい時には楽しんで、嬉しい時には喜んでがモットーな兄妹ですので、アスペ子にとってみると、とても良いお手本になります。

そして、二人とも常に人を思いやる気持ちを持っています。アスペ子はその思いやる気持ちに、何度助けられたことか・・・二人には感謝してもしきれないくらいです。

 

喜・楽

アスペ子は例えば美味しいものを食べても、嬉しいことがあっても、無表情に近い顔になります。心の中では「美味しい、嬉しい」と思うのですが、その気持ちをうまく顔や言葉で表現できません。

時には「アスペ子って食べている時には何も言わないんだね」と言われたりしますが、これはまだ良い方で、嫌味な言い方で「まずいの?嬉しくないの?」と聞かれたこともあります。その度にアスペ子はハッと我に帰り「美味しいよ、嬉しいよ」と言います。

テレビや巷の女性が「うっわーウレシ〜〜」とか言っているのを目にしたり聞いたりすると、アスペ子の中の何かのスイッチが入って「なんだそれは?白々しい感じだな」と思ってしまいます。

でも、彼女らは本当に嬉しくて喜んでいるわけで(中にはワザという人もいるかもしれませんが)、喜怒哀楽の観点からいうと普通の反応なのですよね。冷めてしまうアスペ子がやはり異常なんだなと思う瞬間です。

それで思い出されるのが、学生時代の親友の一人がアスペ子の大好物の「カツ丼」を手作りしてくれた時のことです。彼女は料理がとても上手で、いわゆるセンスが良いというのでしょうか、子供の頃からの食育が豊かだったようで、作るもの全てが本当に美味しかったです。

ある時、アスペ子が「カツ丼が食べたいから作って〜」と言ったら快く「いいよ!」と言って招待してくれました。部屋に入ると出汁の良い香りがして、アスペ子の頭の中はすでにカツ丼のことでいっぱいでした。

早速出てきたカツ丼は、色は淡白ながらもしっかりとした味が付いていて、カツも煮過ぎていなくて、まさにアスペ子好み!アスペ子は「いただきます」と言って無心で食べました。

過集中になっていたようで、周りの音さえ聞こえない状態で黙々と食べていました。そのくらい美味しかったのです。その時、親友は「アスペ子って食べている時に何も話さないんだね」と笑いながら言ってきました。

アスペ子はハッと我に帰り、もうそこからはシドロモドロ状態でした。「美味しくて言葉も出ないよ」というようなことを言ったと思うのですが、定かではありません。

今でもこの傾向は強く出ます。

主人には「食事の時くらい楽しみながら、話しながら食べようよ」というくせに、月に一度の外食の日には、アスペ子は何もものを言わず黙々と食べ続けます。

今月の外食の日の時は「アスペ子には量が多いと思って、唐揚げかラーメンをあげる、というと思っていたけど残さなかったね」と主人が言いました。

アスペ子は主人との外食が楽しくて嬉しかったのと、出てきた料理が美味しかったのとで、過集中になり黙々病になっていたようです。

「食べられるのなら食べれば良いんだよ」と主人は言ってくれましたが、やはり時には和気藹々と食卓を囲むことも必要なんだと思いました。

 

怒・哀

アスペ子は、怒ると陰湿になります。

もちろん言葉(口)には出しません。しかし怒っている時や嫌な時は「顔」にすぐ出ます。義母にしつこく何かを勧められた時など、極端に嫌な顔をしてしまいます。主人にも「アスペ子はすぐに顔に出るからなあ」といつも言われます。

単細胞といえば単細胞だし、わかりやすいと言えば分かりやすですが、相手にしてみると「何て空気が読めない人なの、すぐ顔に出すんだから」と嫌われてしまいます。

この顔に出てしまうのは、幼少期から母親に言われ続けていたので、アスペ子が意識して直そうとしても直らないものの一つです。

救いなのは、狂気めいた陰湿さがなかったことではないかと思います。せいぜい頭の中で「うわー!」と怒鳴ったりしたくらいでした。

学生時代に、実家で野良猫を飼っていました。半ノラ状態でしたので、飼っていたというと語弊がありますが、アスペ子的には飼っていました。三毛猫の親1匹と子供1匹、三毛猫がその後に産んだ子猫3匹の計5匹がいました。アスペ子は高校時代にとても可愛がりました。

大学に進学して初めての連休がゴールデンウィークだったのですが、スットンで実家に帰りました。帰宅後、家に上がる前にすぐに猫小屋を見ると・・・何もありませんでした。猫の名前を呼んでも誰も出てきません。

アスペ子はすぐに家に入り、居間にいた両親に猫のことを尋ねると「アスペ子がいなくなって私たちだけで面倒を見るのが大変だから、親と子猫と親戚の家に貰ってもらった。元が野良猫だから・・飼いきれないよ。アスペ子に話すと反対すると思って言わないでいたんだよ」と返事が返ってきました。

アスペ子はすぐさま自分の部屋に行き、号泣しました。心臓がギュッと締め付けられるくらいに泣きました。いろいろな思い出が脳裏に浮かびました。

この時の帰省中は両親とは口を利きませんでした。大学に戻るのも予定していた日にちよりも早く戻りました。この一件以来、連休に帰省する日にちがだんだんと短くなっていきました。

アスペ子にもわかります。半ノラの猫を飼うことが大変だということくらいはわかります。アスペ子が怒ったのは、なぜ自分の子供を信用しなかったのか、なぜ猫を貰ってもらうことにすると話してくれなかったのかということでした。(アスペ子の両親は何処かの何かがズレているのでしょう)

怒りは今でも心の奥底にへばりついています。そのくらいあの時の猫たちが大好きだったからです。あの猫以上の猫に出会うことは、もうないかもしれません。

アスペルガー症候群の特徴として喜怒哀楽がないと言われますが、今までの人生の1分1秒を解きほぐしていくと、何かしらの喜怒哀楽があるような気がしました。

確かに表面上では喜怒哀楽がないように見えるでしょうが、内に秘めたものがあるかもしれないのです。それが表に出ない、出す事が出来ないのが障害であって、まったくないわけじゃないんだなと思いました。

喜怒哀楽がなくても、喜怒哀楽はある。またしてもアスペ子的な言い方です。

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日記帳

Posted by アスペ子