自閉症スペクトラムの様々

広汎性発達障害のアスペルガー症候群と自閉症は「自閉症スペクトラム」の枠に入ります。

自閉症スペクトラムの中のこの2つの特性の違いは、簡単に言うと、自閉症は「言葉の発達の遅れ」「コミュニケーションの障害」「対人関係・社会性の障害」「パターン化した行動、こだわり」などの特徴をもつ障害です。知的な遅れを伴う場合があります。

アスペルガー症候群は、広い意味での「自閉症」に含まれる一つのタイプで、「コミュニケーションの障害」「対人関係・社会性の障害」「パターン化した行動、興味・関心のかたより」があります。

自閉症のように、幼児期に言葉の発達の遅れがないため、障害があることが分かりにくいのですが、成長とともに不器用さがはっきりすることが特徴です。

アスペ子は、広汎性発達障害の中のアスペルガー症候群です。

つまり、広い意味での「自閉症」に含まれる一つのタイプで、「コミュニケーションの障害」「対人関係・社会性の障害」「パターン化した行動、興味・関心のかたより」があります。

確かに、自閉症のように、幼児期に言葉の発達の遅れがなかったため(あまり積極的に自分から話をしなかったですが)、障害があることが分かりにくいのですが、成長とともに不器用さがはっきりすることが特徴です。

ですから、この歳になって大人の発達障害の専門病院に行き、はっきりと「アスペルガー症候群」と診断されました。

アスペ子のように、大人になってからアスペルガー症候群とわかる人たちは、考えてみれば幼少期の頃、こうだった、ああだったと、アスペルガー症候群の特徴があったことを思い出すことが多いのではないでしょうか。

その点、自閉症の人たちは、3歳頃までに自閉症の症状(例えば言葉が出ないなど)が見られますので、早期に判断され、療育の過程へと進んでいくことができます。

なぜ、このような話を書いたかというと、今の家に引っ越しし、早朝に起きてしまうようになってから「多分、知的に遅れのある自閉症の子だな」という人に会ったからです。

どうしてアスペ子がその子を知ったかというと、アスペ子が朝一番にする「カーテンと窓を開ける」行為をしていた時に、毎日家の前を歩いていたからです。

時間は毎回きっちり5時45分。早歩きで、後ろから父親らしき人が同行していました。その子の年齢は見たところ中学生くらいでした。

アスペ子は最初は「親子で早朝散歩か〜」と思ったのですが、その子の歩き方や歩く速さや、父親の視線などを見た時に「あっ!」と思いました。多分、その子にとっての早朝散歩は、日課(パターン化した行動、興味・関心のかたより)になっているのではないか?と感じたからです。

アスペ子は自分も障害者なので、その子のことは主人には話しましたが、特に気にしませんでした。

なぜかというと・・その子の顔がとても楽しそうだったからです。父親と散歩できて嬉しい、楽しいと思っているかどうかはわかりませんが、早朝に散歩ができることに、特に歩き続けることに満足、興味があって満たされた笑顔だったからです。

それから何日か経って、今度はそのこと父親らしき人はいなく、母親らしき人と2人で歩いていました。毎日の生活の中で、急に父親が散歩に出られないこともあるからかもしれないなとアスペ子は思いました。

父親らしき人と違って、母親らしき人は、ちょうどアスペ子の家の前で「〇〇くん、早すぎて着いていけないよ」というようなことを言っていました。とにかく、その子は歩く速度が速いのです。

でも、その子は母親らしき人の声など聞こえていないようで、歩く速度は変わらずに歩き続けていました。

その後は、アスペ子も遅く起きたり、早かったりで、しばらくその人たちに会うことはありませんでした。学校が始まったのかな?歩くのをやめたのかな?アスペ子が気がつかないだけなのかな?と思っていました。

そんな思いでいた今朝、なんとその親子にまた会いました。時間は5時45分。いつもと同じ時間です。ただ違っていたところは、歩くルートが変わっていたことと、親子の並び順が変わっていたことです。

いつもは直進で歩いていたのですが、父親らしき人が一言「ここは右」と言って、アスペ子宅の前の道に出てきました。そして、配列は父親らしき人→子供→母親らしき人の順番で一列になって歩いていました。

歩くスピードは早からず、遅からず。どちらかというと以前よりも遅いペースでした。どうも新しい散歩ルートを覚えている段階のように見受けられました。

アスペ子は久しぶりに会えたので、ちょっと嬉しくなってしまったですが、ふとその子を見ると・・いつもの笑顔がなく、下を向いてトコトコと父親らしき人について歩いていました。

アスペ子は「どうしたんだろうか?」と嬉しくなった気持ちが半減してしまいました。そして「もしかしたら、いつものルートと違うかので、日課(パターン化した行動、興味・関心のかたより)がしぼんでしまっているのかもしれないな」と思いました。

アスペ子にもこのようなことは時々あります。楽しみにしていた予定が変更になった時に、落胆する気持ちが急速に下降していく時があります。変更になったことが、アスペ子の興味を良い意味で刺激することならば、まだ落胆はしないのですが、なかなか頭の中が良い方向へ反応してくれないことの方が多いです。

多分、この子も、今までのルートが日課(パターン化した行動、興味・関心のかたより)になっていたので、変更されることを言われても、頭の中で「変更すること」が理解できていなかったのではないかなと、アスペ子なりに思いました。

でも、ある一定の場所だけをグルグル歩き回っていても先には進めません。両親らしき人たちは、その人たちなりに考えて考えて、それゆえのルート変更になったのだと思います。

アスペ子は、初めてこの子の早朝散歩を見た時に、感動さえしました。「親なら当然」と思われる人もいるかもしれませんが、自分たちの子供は自分たちの出来る範囲で成長させよう、何かできるようにさせようと努力を感じたからです。

晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、毎日毎日、その子を後ろから見守りながら、一緒に歩き、同じ時を過ごすことは、並大抵の気持ちではできません。

「役所や施設や学校が何とかしてくれる」と思う親がいる中でも、自分たちも一緒になって成長していこうとしている姿を何度も見ているアスペ子は、変な話ですが、頭が下がる思いでした。アスペ子も、その子と同じです。知的には自閉症のIQ70に近いボーダーかもしれません。

そんなアスペ子に対して、主人は日々、アスペ子の様子を見てくれています。

よく主人と話をしている中で、主人が「もし結婚前にアスペ子がアスペルガー症候群とわかっていたら結婚はしていなかったな」と言います。アスペ子は「そりゃそうだよね。なんかハッキリとは言葉にはできないけど、わかる気がする」と答えます。

しかし、大人になって、結婚して、大人の発達障害の専門病院で「アスペルガー症候群」と診断されたので、主人は「安心しな、最期までみてやるから」と言ってくれます。アスペ子は主人に本当に感謝しています。

早朝散歩の子も、もし知的に理解する力があれば、両親に感謝しているはずです。早朝散歩のこの両親、アスペ子の主人、共に暮らす障害者は違いますが、思いは同じなのではないかなと感じました。共に暮らす喜びを分かち合うために、大変な努力をしているはずです。

だからこそ、感謝の気持ちを忘れてはいけないし、いつも笑顔でいることが大切なんだなと、アスペ子は思いました。

改めて、障害者と暮らす健常者の家族の大変さを知ったアスペ子でした。

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広汎性発達障害とは

Posted by アスペ子