アスペルガー症候群と目線

アスペルガー症候群の特徴で「顔が覚えられない」ということがありますが、これは「目と目を合わせられない」ということにもつながると思います。

アスペ子は、今は人と目線が合わせられません。合わせなくては、話をしている人の方を見なければと思うのですが、拒絶に似た感情になってしまい、ぎこちない動作になってしまいます。

この動作はある特定の人に対してではなく、自分に接する人すべてに対して出てしまいます。

 

目線はコミュニケーションを取るには必要な動作

アスペ子は、幼少期の頃は今とは逆で、話し相手の目を必要以上にジッと見る子でした。

小学校の先生が「人の話を聞く時は相手の目を見ましょう」と言ったからです。言われたことを素直すぎるほど真に受けるアスペ子でしたので、とにかく話している人の目をジッと見て話を聞いていました。

それなのにもかかわらず、だんだんと成長するに従って、相手の目を見られなくなり、最終的には顔も見られなくなりました。

そのせいもあってか、相手の気持ちを探り、わかろうとする技術がどんどん低下していったように思います。アスペルガー症候群が顕著に現れてきたのかもしれません。

目と目を合わせられないと色々な支障が出てきます。

運動クラブで働いていた時などは、保護者の方と話をする機会が多々あったのですが、まともに顔が見られないアスペ子は一部の保護者から軽く見られていました。使い物にならない指導者だとあからさまに態度で示されたこともありました。

やはり、顔と顔、目と目を合わせないで話をするというのは、説得力や真剣さがうまく伝わらなかったのでしょう。でもどうしても目と目が合ってしまうと言葉が出てこなくなってしまうアスペ子でした。

ある時、保護者の方から「運動には食事も大切ですよね? うちの子は肉が嫌いで全く食べないんですよ」と相談されました。アスペ子は「私もいい案があるかどうか調べてみますね」と言って、家に帰るなり、パソコンの検索でいろいろと調べました。

翌日、その保護者の方に「肉以外でもタンパク質は取れます」とか「肉をわからないように煮込んだりペースト状にしたりして使用しては」とか、調べたことや自分で考えたことをいろいろ話してみました。

しかし、やはり目と目が合わせられず、顔も見ているのか見ていないのかの状態で話していたアスペ子でしたので、保護者の方はあまり真剣に聞いてくれていませんでした。保護者の方の心には、アスペ子の努力した気持ちが届かなかったと思います。

反面、アスペ子の話を真剣に聞いてくれる保護者の方もいて、アスペ子も話しやすく、その保護者の方には「いつもありがとうございます」と声をかけてもらえました。

アスペ子はその保護者の方にはアスペルガー症候群特有の一方的な話し方で話してしまっていたのですが、自分の知っていることを誰かに伝えたかったという思いがあったので、その保護者の方には申し訳なかったと思いますが、いつも話を聞いてもらっていました。

新婚時代に、アスペ子はよくボーッとした焦点の合わない目でいることがよくありました。その度に主人が「ちゃんと見て」と言ってくれていましたが、これは今思えば、アスペルガー症候群の特徴だったのかもしれません。

アスペルガー症候群の特徴が顕著に現れたのは、ここに引っ越して来る前、約1年3ヶ月前にアスペ子があることで大パニックを起こしてからです。

その頃は布団を被って横になったり、寝ていないと何かに怯えたり、錯乱状態になってしまったりしていた時期です。その時から、人の顔を見たり、目を合わせたりすることがますますできなくなっていました。主人に対してもです。

今でもボーッとする時には焦点の合わない目で遠くを眺めていたりします。多分、顔が見られない、目が合わせられないということと関係があるのではないかと思います。

かかりつけの心療内科に行った時も、発達障害の専門病院に行った時も、先生の顔を見ることができませんでした。発達障害の専門病院の先生は「ほらね、目が合わせられないでしょ?」と主人に言っていました。アスペ子自身は先生の顔を見よう、目を合わせようという気持ちはあるのですができませんでした。

きっと街中で専門病院の先生とすれ違ってもアスペ子は気が付かないでしょう。そのくらい見ることができませんでした。

社会に出ると、適材適所以外で働いている場合、相手の顔を知ることは重要な仕事の一つになると思います。特に営業職の人や受付の人は、取引先の人の顔を覚えてなんぼの世界だと思います。

仮にアスペ子が受付の仕事をしたとすると、自分なりの創意工夫で覚えることもできず、見たことあるけどどなただっただろう?の繰り返しで、最終的にはストレスとパニックなどの二次障害がやってくるでしょう。

というのも、運動クラブで働いていた時がそうだったからです。

一斉にスクールバスでやってくる子供達は、運動着に着替えているわけではなく普段着でやってくるので、なおさら誰が誰だかわからなくなってしまい、パニックを起こしたことがありました。

そうなると出欠席表に印をつける時間が足りなくて、泣きながら指導をして、練習が終わったらすぐさま出欠席表に印をつけました。

この時の教訓は、1日でも早く顔と名前を一致させなければという思いでしたが、アスペルガー症候群のアスペ子は、相当な時間がかかって覚えました。この作業は今思っても本当に辛かったです。

でも辛い思いをしても工夫次第でなんとか覚えることができるものです。

その子の特徴を掴み名前を覚える。顔は覚えられなくても、ホクロが目の下にある子は○○ちゃん、いつも坊主頭の子は◎◎くんというように覚えました。

諦めずに慌てずに、なんとかやってみようという気持ちを維持していくことの大切さを学びました。

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Posted by アスペ子