アスペルガー症候群とアスペ子の喜怒哀楽

アスペ子は幼少期から無表情でした。喜怒哀楽がなかったのです。感情を表情にも出さず、口にも出さずでした。

それは大人になっても変わりがありませんでした。

喜怒哀楽を出そう、自分を変えようと思っても、そうそう簡単にできることではありません。

 

育ってきた家庭環境も影響するのだな・・・

幼少期から喜怒哀楽がなかったのは、アスペルガー症候群のせいだけではありませんでした。

アスペ子の家は、父親が全てを取り仕切るような昭和時代の家でした。家族が揃って夕ご飯を食べる、挨拶は必ずする、男性は台所には入らない、というような家風でした。

なんでそのような家庭だったかはアスペ子にはわかりません。覚えているのは、アスペ子は父親が怖かったということだけです。逆らったらとんでもないことが起きると本能的に感じていたのか、ほとんど父親が言うがまま、望むがままに生きてきました。

その父親の存在と、アスペルガー症候群とが相まって、アスペ子は喜怒哀楽のないまま成長していきました。

喜怒哀楽がないというのは、今思うととても不気味です。感情が薄くなっているとも言えると思いますが、何があっても無表情なので、周りの人から見ると良い意味では「堂々としている」、悪い意味では「無愛想、冷血」と捉えられていたのではないでしょうか。

さらに輪をかけるように、アスペ子は同年代の子より背が高い上に、運動クラブで鍛えた体だったので目立っていました。そのアスペ子に喜怒哀楽がないとなると、とても目立ちます。

小学校時代は周りに対して全く関心がなかったので、皆がどのようにアスペ子を見たり、言ったりしていたのかはわかりません。中学校時代では頼れると思ってくれていた子がいたように思います。それはそうです。何事にも無表情なんですから、その子にしてみれば堂々として見えたのでしょう。

しかし、結婚をしてアスペ子の喜怒哀楽の無さがとても問題になりました。

主人の実家は皆んな楽しいことは思いっきり楽しもう! 楽しまなければ損だ! という明るい家庭です。行動的な家庭だったのです。アスペ子は結婚当初、目が点になり、パニックになりました。

主人の実家との付き合いの中で、アスペ子がどのようにしていたかというと、

  • 喜:焦点の合わない目で「嬉しいです」と言っていた
  • 怒:自宅に帰ってから主人に文句をガンガン言っていた
  • 哀:まったくなし(冷めてしまう)
  • 楽:どう行動して良いかわからずウロウロしていた

簡単に書くとこのような行動になっていました。

アスペ子は喜怒哀楽がなく無表情で、笑うことが苦手だったので、主人の実家に行くことはとてもストレスでした。

今は離れて暮らしているので気になりませんが、メールが来るだけでパニックになるくらい苦手です。

 

喜怒哀楽は人間にとって必要不可欠

このアスペ子の喜怒哀楽の無さを改善していってくれたのは、やはり主人でした。それと、主人の妹と子供達です。主人と義理の妹はあまり歳が離れていなく、兄弟だけあって色々と家庭のことを思うことがあり、会えばバカを言って笑っています。

その子供も明るく、話し始めると面白いことを言ったりしています。アスペ子はどうして義理の妹があんなに明るく生きているのか主人に聞いたことがありました。

「苦しいことや辛いことがあるから明るく楽しくやっているんだよ。そうじゃなきゃやってられないだろ?」

と主人が言いました。

アスペ子は主人の言葉を聞いてハッとしました。

喜怒哀楽はやろうと思ってもできないんだ。自然と出るように日々、前向きに、明るく楽しくを心において「障害が何さ!」くらいの気持ちで生きていけば、きっとアスペ子にも(ちょっとだけかもしれないけど)喜怒哀楽が出せるようになるかもしれないと思いました。

ここに書いたのはただの空想かもしれませんが、アスペルガー症候群があっても、アスペ子は喜怒哀楽を持ちたいのです。表現して生きていきたいのです。

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障害に対する悩み

Posted by アスペ子