発達障害と家庭のあり方

今回のブログは「夫=高次脳機能障害、妻=発達障害」に関する記事を元にしました。

読んでいて、いろいろなことが我が家にも当てはまりました。

また、大人の発達障害の方がいらっしゃる方の悩みの解決の糸口になればと思い書きました。

大人の発達障害の妻と高次脳機能障害の夫の話

この記事は一部有料なので途中は読めませんでしたが、第一話は読めましたのでご紹介します。

この記事は、上記にも書きましたように「夫=高次脳機能障害、妻=発達障害」の夫婦の家庭での生活の話です。同棲期間を含めて18年の間、発達障害の妻との生活に関して書かれています。

この記事を読んでいて、私は「まさに我が家だ」と思いました。

というのも、我が家は結婚して18年。私はアスペルガー症候群とADHD、主人はカサンドラ症候群。なんという偶然かと思いました。

これは読まないわけにはいかないと思い、無料の記事のみでしたが、毎週読んでいたのですが、今回、記事の内容がようやく終盤を迎えてきたのでブログに書きました。

 

すれちがいのある家庭にも応用可能な実践的スピンオフ

ぜひ、この記事を読んでみてください。

この記事では、家庭のあり方、社会のあり方に対するヒントがたくさん書かれていると私は思いました。

 

家庭内での役割を決める

私なりに記事の内容で大切なことだなと感じたことを一つずつ取り上げていきます。

語聴覚士が提案したのは、夫婦で互いに一つずつ「譲れないことのトレード」するところから始めましょう

これは夫婦にとってとても重要なことだと思います。夫婦といえども人間です。やりたいこと、やって欲しくないこと、譲れること、譲れないことなどがあります。

それらを阻害されるとお互いにストレスとなり、夫婦間に歪みが生じると思います。

我が家の場合は、主人は「仕事中には話しかけないでほしい」で、私は(特にないのですがあえて言うならば)「時間に余裕を持ちたい」です。

このことを日々積み重ねていくうちに、だんだんと習慣化され、アスペルガー症候群の私でさえも「主人が仕事中だから静かにしていよう」と我慢が効くようになりました。

 

3年かかった我が家の家庭改革だが、さまざまなお困りごとの改善には定型化したルーチン(決まりきった仕事、日々の作業)があった

1・彼女にさまざまな不定型発達な特性があることと、彼女自身が不要だと思っている家事の主体性(舵取り)は僕がやるべきなのだという大前提を常に念頭に置く。

2・彼女がどんな作業に「やれない」や「苦手」を感じているのかを具体的に見極める。「掃除が苦手」ではなく「落ちているものに気づくのが苦手」「片付けをするための分別やスペースづくりが苦手」のような具体性。

3・その「やれない」の原因に、彼女の特性がどう作用しているかを考え、本人からも聞き取る。

4・同時に彼女が「得意」とすることも見極める。

5・ひとつの家事を徹底的に分解し、彼女の苦手でないことを担当とする。

6・担当作業をやってもらう場合、必ず指示を出す。指示は一つずつ、短く明解に。

7・苦手な作業も「指示」「下準備」「道具の指定」などでやれるなら、そこにも配慮。

8・頼んだ作業のやり方が不器用だったり合理的に見えなくても、文句や指摘はせず、頼んだ作業は奪わずに最後までやり遂げてもらう。

9・彼女が主体性をもっている(自分でやるべきだと思っている)ことは彼女の担当でよし。

 

筆者も書いているように、簡単に言うとさまざまな困りごとの背景には大体似たような不定型の特性があるから、一つ課題をクリアするごとに、そのほかの課題解決にも流用可能な解決策がおのずと増えてくるようになるということです。

私の場合も、主人のおかげで、一つできないことができるようになると、その他のことへと進むことができました。

(例えば、歩いて5分のスーパーに二人で行くことがやっとだった時期から、今では一人で自転車に乗って10分くらいのスーパーまで行くことができるようになりました)

 

また、大事なのは、彼女たち不定型さんの苦手なことを「知識として知る」のではなく、なぜ、どんな感じで苦手なのかを、一緒に考えていくこととも書いています。

これは、相手が障害を持った人に対しての言葉です。私はこれが一番重要かつ、とても難しいことだと思いました。

定型の方は不定型の方の行動や考え方がわからないため、障害の特性などを調べて接することが一般的だと思います。

しかしアスペルガー症候群の私の場合、私に対して定型の方の接し方を「???」と思うことが時々あります。

簡単に言うと、私がアスペルガー症候群と知っている人と「ツーカーの接し方」ができないのです。

その点、主人はものすごく私の扱い方がうまいので、筆者のように私と話をする中で、私の得意分野に焦点を合わせて主人の仕事の手伝いをさせてくれたり、私の苦手なことは極力排除してくれます。

「言うは易し、やるは難し」ですが、家庭内の安定にはとても重要なことだと感じました。

 

さらに、「やれない」の理由もこの「苦手」の理由も、みんな根っこの方では繋がっているという、それはパラダイムシフトじみた抜本的理解への到達だ。一度そこにまで至ってしまえば、さまざまなシーンでの対策方法は概ね流用性があることに気づくし、「なんでそんなこともできないの」と思ってきたことが「こりゃできなくて当たり前じゃん」と思えるようになるとも書かれています。

多分、定型の方がこの意味がわかると、良い意味で「開き直り」ができ、心に余裕が生まれるのではないかと思います。

我が家では、主人が私のためにカサンドラ症候群となってしまいましたが、約4年前から二人揃って心療内科を受診したことによって、様々な貴重な経験をしました。

自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群などの発達障害について考えるようになったり、大人の発達障害の専門病院に行ったり、何より、崩れてしまった家庭環境の立て直しに力を注ぎました。

その結果、主人も私も発達障害というものに対しての取り扱い方ができるようになり、特に主人の疲労困憊だった心身が上向き、また、私自身も自分の障害に対して素直に受け入れる(うまく付き合う)ことができるようになりました。

 

パートナーシップの在り方

筆者は、不定型発達さんたちが抱える不自由は、それが障害になるほど重いかそうでないかのグラデーションはあったとしても、意外に誰にも普遍的にありがちな不自由だ。そして多くの人は、健全な時は多少無理をして「自立した大人」であることができても、人生のどこかでそんな無理ができなくなるような不自由に見舞われるステージがあると言っています。

定型の方も不定型の方も、全く不自由がないなんてことはないですよね。なぜなら、みんな同じ人間なんですから。

我が家は夫婦二人の家庭です。主人の仕事も一般的な会社員ではありません。そして私はアスペルガー症候群です。

結婚当初は、我が家もやはり一般的な家庭生活を目指していました。

しかし月日が経つにつれ、だんだんと私が「家では素の自分でいられる」と認識し、アスペルガー症候群の特性が全面に出始め、それに輪をかけるようにアダルトチルドレンからくる気性の悪さも出ました。

それ故、主人は日に日にストレスを溜め込み、結果、カサンドラ症候群になってしまい、私がきっかけとなり家庭崩壊へとまっしぐらでした。

転機はやはり、崩壊と同時に通い始めた心療内科への通院でした。

最初に心療内科に行った時の先生の言葉は今でも忘れていません。

「まずは、精神状態(うつ病)の改善から始めましょう」

アスペルガー症候群の二次障害のうつ病の処方薬が決まるまでに半年くらいかかり、飲む薬の量も多量でしたが、当時は心療内科の先生と処方薬にすがる思いでした。

同時に主人も診てもらい、めったに薬に頼らない主人が、今では毎日心療内科で処方された薬を飲んでいます。

 

心療内科に通って約3年半くらい経った頃から、主人が少しずつ仕事に集中できるようになり、その姿を見ているうちに私も少しずつ変化していきました。

「私が変わることが大切なんだ」

自然と湧き出た気持ちでした。

 

この気持ちに気づくまでの私は、自分がアスペルガー症候群なんだ、障害者なんだと自分に甘えていたのです。

私自身が変わらなければ、以前より多少良くなったからと言っても現状維持で終わるか、最悪、また同じことの繰り返しになってしまうと思いました。

 

そこで、私は今までできなかったことや、やればできるであろうことを実行することにしました。

具体的には、一人で留守番をしたり、一人で買い物に行ったり、一人で障害者地域活動支援センターPKに行ったり・・・など「一人で」にこだわりました。

さらに、アスペルガー症候群のためコミュニケーションがうまくとれない私は、なんとか自分の内に秘めた思いを言葉で伝えようと、義父母と姪っ子の前で「お義父さんとお義母さんは、私のお父さんとお母さんだと思っています。〇〇家(主人の苗字)に出会えて良かったです!」と伝えました。

 

これを機に、我が家が少しずつ動き出しました。

主人はまだ目標にしている自身のエネルギーには満たないようですが、精力的に仕事を再開しました。

私も今までとは違った「心のゆとり」を持つことができました。

家庭崩壊から24時間、家にずっと一緒にいた主人と私。今まで私のせいで家の外での仕事関係を絶っていた主人ですが、今では主人は週に数日、仕事で家を空けるようになりました。

その間、私は一人で昼食を食べ、時には一人で夕食を食べ、ブログを書いたり、家事をしたり、仮眠をとったり・・・

夫婦それぞれが自立し、それぞれの時間を有効に使うことができるまでになりました。

 

まとめみたいなこと

私は「発達障害だから」と言って、何もできないわけではないと思います。

家庭内だからできることがある=家庭内でできることを見つける・考えることが大切なんだなと痛感しました。

これは家庭内に限ったことではなく、社会に出ても同じなのではないでしょうか?

よく言われる「適材適所」という言葉は、本当に言い得て妙だと思います。

今は実践してナンボなんだなぁと、自分に緩く檄を飛ばしている私です。