広汎性発達障害についての自覚

心療内科に通院を始めて2年が過ぎました。今でも初めて診察した日のことは覚えています。

とても狂気になっていたアスペ子は、心療内科の先生がいる前、で主人に対して少々気持ちを抑えながらも、怒鳴り散らしていました。

先生はとても厳しい顔をして「デパスを飲みなさい、落ち着くから」と言って、アスペ子に薬を渡してくれました。先生にしてみたら、すごい形相のアスペ子に、ただならぬものを感じたのだと思います。

主人は内心「普段のアスペ子を先生に見て欲しかったから、あえて、自分からすぐに話を始めなかった」のだと思います。つまり、癇癪を起こしたアスペ子の本性をさらけ出そうとしていたのだと思いました。

心療内科に通い始めて、ちょうど2年。まずは「うつ状態」のアスペ子を落ち着かせるための薬が3週間分、処方されました。飲んだ感想は「あまり変わらないな」でした。

3週間後、心療内科に通院した時に、主人やアスペ子が「あまり変わらない感じがする」と話すと、また薬を変えたり量を増やしたりして、処方薬を変えていきました。

やっと「これでいってみよう」と、処方薬が決まったのが心療内科に通って、約半年後でした。

アスペ子も、この辺りから本当に少しずつではありましたが、食欲が出てきたり、落ち着いていられる時間がほんのちょっとできるようになったりしてきました。

しかし、根本的な改善にはまだまだ遠く「うつ状態」の安定期に達するまでには、まだまだ上り坂の出発点にいました。

心療内科に通院するのが月に1回になった頃に、先生が「発達障害・アスペルガー症候群」という言葉を出すようになりました。主人も同感で、あえてアスペ子は診療室から一人出て行き、先生と主人との間で話をしてもらう時間を作るようにしました。

その結果、先生曰く「ご主人は健常者ですよ。奥さんは発達障害・・アスペルガー症候群の可能性があるね」ということでした。

それから約3ヶ月頃に、アスペ子は「自分がアスペルガー症候群なのかどうか知りたい」という旨を先生に相談しました。先生は「ここでは診断ができないんですよ。でも、奥さんは発達障害・・アスペルガー症候群の可能性があるので、一度、専門病院で診てもらったほうが良いね」と言ってくれました。

次に心療内科に通院した時に、先生は「大人の発達障害の専門病院」をいくつかピックアップしてくれていて、ちょっと遠いけど、と都内の病院を選んでくれました。そして紹介状は書けるけれど、予約はアスペ子さん達でやってくださいね、と言いました。

アスペ子は「これでやっとアスペ子自身がわかる」と、少し有頂天な気持ちと、緊張感とが入り混じった感覚になりました。これでやっとアスペ子が何なのかがわかると思ったのです。

そして、以前にも書きましたが、大人の発達障害の専門病院で診断された結果、アスペ子は「広汎性発達障害の自閉症スペクトラムの中の、中程度のアスペルガー症候群と、ほんの少しの注意欠陥・多動性障害」との診断がされました。

主人も、アスペ子も、前もって「アスペ子はアスペルガー症候群だろうな」と思っていたので、別段驚きもしなかったのですが、この時のアスペ子の頭の中は真っ白の状態で、先生の話がよく理解できない状態でした。

この時ばかりは、主人が一緒にいてくれて良かったと本当に感謝しています。

その後、アスペ子はいつもと変わらぬ生活を送っていました。このブログを始めるまでは。

なぜかというと、アスペ子の中では「アスペ子はアスペルガー症候群なんだ」という結論が出たので、それでおしまいだったのです。喉につかえていたものが取れた感じに似ていました。

しかし、ブログを始めて「広汎性発達障害」「自閉症スペクトラム」「アスペルガー症候群」「ADHD」などを調べていくうちに、うまく言葉では言い表せないのですが、アスペ子は奇妙な気持ちになってきました。そう感じたのは、本当につい最近です。ブログを始めて約2年経った、つい最近です。

それは何かというと「広汎性発達障害の自閉症スペクトラムの中の、中程度のアスペルガー症候群と、ほんの少しのADHDをアスペ子は持って生まれていたんだ」という「実感」です。

先天性のものなので、一生治ることはないですし、アスペルガー症候群の二次障害は処方された薬を飲み続ければ、爆発はしません。時間は年単位になるでしょうが、もしかしたら二次障害が治る見込みもあるかもしれません。

しかし、アスペ子の持っている障害は、一生治ることはないのです。

これを実感した時のアスペ子は「この2年間、アスペ子は何をやっていたんだ?自分の障害に対して向き合っていたのか?」という疑問が出てきてしまいました。

ただ単に、障害について調べたり、日常のことを書いたりしていたブログ。肝心のアスペ子は、ブログの中に存在していないような、そんな感覚になりました。

一生懸命、ブログを書いて、アスペ子の日常生活を発信していたのにもかかわらず、なんだか突然虚しくなってしまいまいました。傍にいてくれる人はいても、所詮人は一人なんだと感じてしまったのです。

そう思ったのは、生活上のいろいろな、そして細かいことの積み重ねで起きたのだと思います。

・主人がいつもの口調と違った→アスペ子の受け取り方がいけなかっただけ
・一生治らない先天性の障害→アスペ子は楽観的に考えていた
・少しは外出ができると思っていた→一人では到底無理
・買い物はできると思っていた→金銭感覚が皆無

など、一例をあげましたが、こうやっていろいろ考えたり、思い出したりすると、アスペ子は出来損ないだったんだなと、改めて感じました。

幼少期に、両親の敷いたレールがなければ、今頃はきっと路頭に迷っていたかもしれません。運動クラブに入っていなければ、空っぽの人の形をしているだけの狂気人になっていたかもしれません。結婚も、今の生活も、何もなかったでしょう。

今、思うことは、アスペ子が「障害者」だということをもっと「自覚」しなければいけないということです。

見た目は普通の年齢相応の人間ですが、中身は健常者ではないという「自覚」をもっと持たなければいけないと、アスペ子は思いました。だからこそ、心療内科にも通っているし、主人に介護してもらっているのです。

今更ながら、なんてアスペ子は甘かったんだろうと猛省しています。猛省するとアスペ子は無口になってしまう癖があるので、少しは言葉を出していこうと、「心からの言葉」を出していこうと思いました。

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障害に対する悩み

Posted by アスペ子