意思の疎通の難しさ

なかなか良い天気にならず、アスペ子はモヤモヤしてはいますが、前回ブログに書いたように気持ちは少しずつ晴れてきています。今日も曇りですが、大好きな洗濯物が溜まり始めたので、早速洗濯をしました。

主人は仕事、魚たちは元気いっぱい、もう言うことはありません。アスペ子の苦手な寒さも、先月に比べたら温んできているので、貼るホッカイロも使用せずにいられます。

先日、義妹の家の引越しの手伝いで2日間、東京に行ってきましたが、とても楽しかったです。猫が3匹いるので、猫好きの主人とアスペ子は、引越しの手伝いの合間合間に猫たちと遊んで休憩したりしていました。

この引越しの手伝いの時には、アスペ子は舞い上がっていて気がつかなかったのですが、どうもテンションが上がっていて、義妹たちとの医師の疎通がうまくいかない場面があったような気がします。

「何が」と問われると、本当に微々たることだったような気もするし、明らかにアスペ子がアスペルガー症候群を出していた場面もあったようにも思うし、引越しの手伝いが終わってからなんとなく反省の気持ちが出てきているアスペ子です。

例えば、いくら義妹の家と言っても人の家なのに、アスペ子が、アスペ子がというように動いてしまったり、夕食をおごってもらったのですが、周りを気にせず食べることだけに過集中してしまいたくさん食べて、金額が張ってしまったり・・義妹には本当に申し訳なかったと反省しています。

気心が知れているから、アスペ子も気兼ねなく義妹たちに接することができるのだろうとは思いましうが、これが、赤の他人で、社会の中に出たとなるとうまくいくはずがありません。

多分、赤の他人の人は、見た目が普通のアスペ子に対して障害者だと思うことなく接してきます。アスペ子は接してきた赤の他人に対して、右往左往してしまいます。

そのために、外出する時は限りなく主人が同行しているのですが、同行できない時もあります。そういう時(一人で外出の時)に限ってアスペ子は、公道を走っている車がとても怖かったり、早歩きになってしまったりします。怖いと少しでも思ったら「とことん」怖くなってしまい、歩道の隅っこを歩いています。耳をふさぎます。目線は常に行動と反対側、または下を向いています。

この部分がアスペルガー症候群なのだなと思います。知的のある自閉症ですから、いらぬことがどんどん考えていってしまい、ひどい時にはパニック寸前までいってしまいます。

話は戻りますが、意思の疎通の難しさは、主人との間でも以前ほどではないにしても間々起こります。

その原因は全てアスペ子にあるのですが、アスペ子が「意思の疎通が取れていない」と気付いた時には「主語と間の話を短く入れて」から言い直します。そうでないと、主人が困ってしまいますし、いつまでたっても「アスペ子喋り」は治らず、訓練にもなりません。

アスペ子が「アスペ子喋り」に気づいていない時は、それはもう、機関銃のように喋りまくります。そして一息ついた時に、アスペ子は主人に「あれ?何について話していたんだっけ?忘れちゃった・・」となります。「アスペ子喋り」は話の方向が右往左往したり飛んだり、関係ないことについて話し始めたり、つまり支離滅裂になってしまいます。

当然、何について話が始まったかを知っている主人は、アスペ子喋りが始まると(良い意味で?)聞いているふりをして、最後の結論だけを聞くようにしてくれます。

元来、話し始めると止まらなくなるほどおしゃべりなアスペ子ですから、嬉しいこと、楽しいことなどがあったり、気持ちが上向いたりしてハイテンションになると、主人に限らずおしゃべりが止まらなくなります。

それでも最近は、聞き役に徹していることもできるようになってきてはいるので、少しは訓練の成果が出ているのかなとも思います。(でも大部分は話すのに疲れていたり、体の疲労があって喋りたくなかったりなのですが・・)

アスペルガー症候群の人は「その場の空気が読めない」と言われますが、その通りだと思います。アスペ子は、自宅ではなんとか空気を読めるようにはなってきたかなと思いますが、義妹の家や電車の中、散歩道、突発的な出来事に遭遇した時など、どうして良いのかわからない状況(頭の中が真っ白、思考が止まるなど)になったりします。

一番アスペ子が困ることは、突発的な出来事に遭遇した時です。わかりやすい例で言うと、自然現象で言えば雷や地震で、心身ともに動かなくなってしまいます。他人からのことに関して言うと、キツイ言葉、嫌味な言葉、明らかに嫌った表情の変化などです。

以前にも書きましたが、山の運動クラブで働いていた2年と半年は、それはもう、耐え難い日々でした。今考えても、よく働き続けることができたなと、アスペ子自身、拍手したくなります。そのくらい土地柄や人々の考え方などが、市街地とは違っていましたし、保護者の方々の意見も直にアスペ子に届いてきました。

その度にアスペ子は「もっと上手く意思の疎通ができれば・・もっと上手く人と付き合えれば・・」と悩み続けていました。この時はアスペ子がアスペルガー症候群とまだわからなかった時でしたので、余計にストレスがたまってしまっていました。
でも、この運動クラブでのパートの仕事をしたことは、アスペ子にとって大きな財産にもなっ

ます。嫌いだった子供が好きになれましたし、大会や合宿などの引率を一人でこなすこともできるようになりました。それまでアスペ子自身から嫌厭していたことができるようになれたのも、このパートのおかげだと思っています。

また運動クラブで働けばよいのでは?と問われれば・・それはもう無理でしょう。まずは年齢の問題。20〜30歳代ならまだまだ採用されますが、40歳も後半に来たら履歴書で、はいサヨウナラです。

アスペ子は、運動クラブで働くよりも先に、もっともっと自分で訓練することがありますし、アスペルガー症候群の二次障害を治していくことの方が最優先です。それから先のことは、主人とアスペ子と魚たちでゆっくり決めていくこと。

山あり谷ありですが、家庭円満で最低限、主人とは意思の疎通が取れるようにしていこうと再確認したアスペ子です。

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障害に対する悩み

Posted by アスペ子